day21 自由研究(自由すぎる課題)

 夏休みの宿題というのは、夏休みがそれなりの長さあるからだろう、そこそこに多い。

 国語のワークブックに、算数の問題集。更には絵日記にと盛りだくさんの内容だ。

 ――そんな夏休みの宿題のひとつが『自由研究』である。

 どこの小学校でも出るお馴染みの宿題は、朝恵ともえの小学校でも勿論出ていた。


「なにをしたらいいのかなあ……」


 昼ご飯を食べた後、朝恵は宿題のプリントを前に悩んでいた。

 自由研究とは、何をしてもいいものだと書いてある。工作でもいいし、調べものをしてもいいし、はたまた絵を描いたりしてもいいらしい。おまけに作品はひとつに限られず、いくつ提出してもいいとのことだ。――本当に、自由だ。ここまで自由だと、かえって迷う。


「みんなは、なにをするのかなあ……」


 終業式の日に友人と、そういう話をしてきたら良かったのかも知れないが、残念ながらそういう話題は出なかったのだ。もっぱら、夏休みにどこへ行くかの話題ばかりで。


「おとうさんとおかあさんに、きいてみてもいいかなあ」


 両親の時代にも、そういう宿題はあったかも知れない。――ただ、お店をやっている時間は、用事が無い限りお店に出てこないようにと言われている。両親に尋ねてみるのは、自宅に帰ってからでもいいかも知れない。


「おにいちゃんは、じゆうけんきゅう、なにをしたのかな?」

 清遊堂せいゆうどうの店主である真雅しんがは、朝恵が知っている人の中で間違いなく一番物知りである。知らなかったことというと、算数セットのことくらいのものだ。――きっとお兄ちゃんなら、いろいろと自由研究をしているに違いない。


 お兄ちゃんの自由研究について、話を聞かせてもらおう――朝恵はそう決めると、靴を履いて裏から外に出た。





 用事があればいつでも、裏から呼んでくれて構わないと、先日真雅は朝恵に言ってくれた。摩天楼の話を聞かせて貰ったときに、そう言われたのだ。――長い夏休みの間、ずっと一人で過ごすのは、なかなか暇だろうと。

 真雅の家のインターホンを鳴らすと、すぐに真雅が出てきてくれた。


「こんにちは、おにいちゃん」

「――今日も元気そうだな、朝恵ちゃん。俺様に何の用だ?」

「あのね。おにいちゃんにききたいことがあるの」

「質問か。――よし、中に入ってくれ。外で長話は暑いからな」


 真昼に外で立ち話は辛いぞ、と真雅は朝恵を家の中に通してくれた。いつもの、掛軸が飾られている部屋に入れてもらうと、きちんと背筋を伸ばして座る。


「で、朝恵ちゃんは俺様に何を質問したいんだ?」

「あのね。おにいちゃんはなつやすみのじゆうけんきゅうって、なにをしたの? わたし、なにをしていいか、まよってるの」


 すぐに返事が返ってくるかと思いきや、真雅は首を捻るとしばし考え込んだ。――お兄ちゃんは、どうしたのだろうか?


「……ひとつ、俺様から聞くぞ、朝恵ちゃん」

「うん。なに、おにいちゃん?」

「――自由研究って、何だ?」


 真雅の思いがけない言葉に、朝恵は目を丸くした。まさかお兄ちゃんが、自由研究を知らないとは。


「おにいちゃん、じゆうけんきゅうをしらないの?」

「――ああ。残念ながら、初耳だぜ」


 真雅は朝恵と視線を合わせると、悪いな、と小さく呟いた。


「そうだったんだ……」

「ああ。俺様は朝恵ちゃんの年齢くらいの頃、この国にいなかったからな」


 真雅は昔、他の国にいたのか。それなら、自由研究を知らなくても仕方ない。算数セットを知らなかったのも、同じ理由だろう。当てが大きく外れて朝恵は肩を落とした。


「――でも、その自由研究とはどういうものかを教えて貰ったら、俺様、朝恵ちゃんと一緒に考えるくらいは出来ると思うぞ。その名前からすると、自由課題のようだからな?」

「ほんとうに?」

「ああ。それでいいのならな」


 真雅は鮮やかに笑んだ。その黄色の瞳を、輝かせて。

 少し予定は変わってしまったが、一緒に考えてもらえるなら、いろいろと考えが出てきそうだ――。

 朝恵は真雅の顔を見上げると、ふわりと笑みを浮かべたのだった。





「なるほど。自由研究というのは、やはり各自が自由に行う課題のことなんだな」


 朝恵が自由研究について説明すると、真雅はよくわかったと頷いてくれた。


「工作でも良し、絵でも良し、研究でも良し、提出する数も問わずか……」

「うん。それでわたし、まよっちゃったの」

「それは迷っても仕方ないな。――どうしてもやることが決まらない場合、これをすれば良いというものは決められていないのか?」

「たぶん、そういうときは、ちょきんばこをつくるんだとおもうの」


 先生の説明と、プリントの内容を思い出しながら、朝恵は答える。作るものが無い場合は、住まう地方のコンクールに出す貯金箱を作りなさいという説明があったはずだ。


「貯金箱か。――朝恵ちゃんは、出来ればそれ以外にしたいんだな?」

「うーん……ちょきんばこでもいいけど、できたら」


 何となく、決められたことをそのままやるのは、面白くないと感じたのだ。――結果、それで余計に悩んでしまったのだが。


「おにいちゃんは、もしこういうしゅくだいがあったとしたら、なにをするとおもう?」

「俺様か? ――そうだな……仮定の話だが、そういう課題を与えられたとしたら、研究だろうな。それなら、趣味と実益を兼ねるからな」


 真雅は冷茶を一口すすると、ふっと小さく笑みを浮かべた。


「俺様、元々興味深いと感じることを調べるのが趣味でな。世界の文化に、社会の成り立ち。その土地の習慣や風習に、歴史もそうだ」

「そうなんだ。――だからおにいちゃんは、こっとうひんやさん?」

「当たりだ。この店も、趣味と実益を兼ねてるんだ。――そういう興味を抱いたことを、研究としてまとめても、恐らく自由研究になるんじゃないか?」


 そうかも知れない。朝恵はひとつ、頷いた。


「朝恵ちゃんにも、朝恵ちゃんの興味があるだろう? ――そういうことを夏休み一杯かけて調べて、まとめる。そういう宿題をしてもいいんじゃないかと、俺様は思うぜ。それこそが、自分らしい研究と言えるだろうからな」


 わたしらしい研究。それはとても楽しそうだし、何より熱中出来るものだろう。――お兄ちゃんに相談してみて良かった。改めて朝恵は、そう感じた。


「ありがとう、おにいちゃん。わたし、いろいろしらべてまとめてみるね」

「それがいいな。――俺様で役に立てそうなことがあったら、いつでも来たらいいぜ。大概ここにいるからな」

「またわたしがこまったら、いろいろそうだんにのってね」

「勿論だぜ」


 視線が合うと、真雅はその目を細めて頷いてくれた。

 自分らしい研究として何をするかはまだ決められていないが、宿題の方針が決まったことで、少し肩の荷が下りた気のする、朝恵であった。

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