day11 錬金術(お兄ちゃんは魔法使い)
その日は学校が休みだったので、
金色の鎖に、透き通る赤い石がついたものだ。本当は黄色の石のついたネックレスが欲しかったのだが、それは売っていなかったので仕方ない。
ちょっとおめかしをしていることで上機嫌の朝恵は、朝からいつも通り本を読んでいた。図書館で借りてきた歴史の本も、もう少しで終わるところであった。
お昼ご飯の時間になる前に、一度手を洗いに行く。――そのとき鏡を何気なく見て、大変な事に朝恵は気付いてしまった。
――お気に入りのネックレスの鎖が、一部金色でなくなっている。
「どうして……?」
朝恵は慌てて、ネックレスを外す。じっと目をこらして確認してみたが、やはり鎖の一部が金色でなくなってしまっている。
何があったのだろう――朝恵の扱い方が、悪かったのだろうか?
大きな黒い瞳は、気付けば涙で一杯になっていて。知らず知らずのうちに声を上げて朝恵は泣いていた。
その声を聞きつけた両親が、慌てて奥に駆け込んでくる。
「どうしたんだ、朝恵?」
「泣いてないで話して。何があったの?」
「あのね……わたしのネックレス、きんいろじゃなくなったの……!」
両親にネックレスを見せると、仕方ないねという顔をされた。
「朝恵。これはおもちゃだからな。仕方ないことだよ」
「そうよ。ネックレスが欲しかったらまた買ってあげるから」
「いやなの。これがいいの。これがおきにいりなの!」
わあわあと朝恵は泣き続ける。どうしてもこれを直してほしいのだと。
「そう言われてもなあ……」
「ねえ……ごめんね、朝恵。お母さんもお父さんも、直せないわ」
父も母も、どうしようも無いと言う。このネックレスは諦めてくれと。
「やだもん。あきらめたくないもん。――おにいちゃんにきいてくる。きっとおにいちゃんならなおせるもん!」
朝恵は涙に濡れた瞳のまま、両親の制止を振り切って外へと走り出した。
「いらっしゃいませ。――どうしたんだ、朝恵ちゃん」
清遊堂の中に入ると、朝恵の様子に慌てた様子の真雅が席を立って来てくれた。
「そんなに泣いていては、流石の俺様にもわからないぞ。――何があった?」
「おにいちゃん……わたしのだいすきなネックレスが、きんいろじゃなくなったの……」
朝恵は真雅にネックレスを渡す。真雅はその大きな手にネックレスを乗せると、じっくりと見てくれた。
「ここか……これはメッキが剥げたんだろうな」
「おとうさんとおかあさんは、なおせないっていうの。ネックレスはあきらめなさいって。――おにいちゃんなら、なおせるでしょう?」
「俺様が直せるか、か。――まあ、錬金術を使えって言われてるんじゃないからな」
「……れんきんじゅつ?」
全然知らない言葉が出てきた。それは、どういうものなのだろうか。
「おにいちゃん。それはなに?」
「錬金術か? かつて、金を生み出そうとしていた試みのことを、そう呼ぶな。錬金術は、化学の発展に寄与したんだぜ?」
真雅はハンカチを取り出すと、朝恵の目元をそっと拭った。
「錬金術っていうのは――この店にある、この商品なんかそれで出来た代物だな」
朝恵の前に、真雅は古びた金属を出してみせる。それは古びてはいたが、確かに金色で。
「おにいちゃん。これは、きんじゃないの?」
「違うな。表面が金色になっているだけだ。錬金術というのは、合金――金属同士を溶かし合わせて、新しい物質を作っていたことを指すんだ」
これは、それの最古くらいの時代の代物だな、と真雅は古びた金属を指した。
「今でも、蛇口や五円玉なんかは合金だから、錬金術で生み出したと言えなくはないな。――どうした、朝恵ちゃん。錬金術に興味が出てきたか?」
「うん。わたし、きんいろになるところがみてみたい」
「そうか。――そう言えば、この前貰った科学館のチラシに、錬金術の実験をすると書いてあったぞ。……少し待ってろ」
真雅はレジのところにある引き出しを開けると、中から一枚のチラシを取りだした。
「これだな。持って行くといい」
朝恵は真雅に手渡されたチラシを見た。読めない字もたくさんあったが、確かに書いてあった。イベントをやるという話が。その日は、朝恵にとっては夏休みに当たる日であった。
「なつやすみにやるんだ。……でも、にちようびはおとうさんもおかあさんも、おみせでいそがしいかも」
せっかく真雅に教えてもらったイベントだが、行けそうにない。科学館は少し遠いから――そう朝恵が伝えようとしたら、真雅が先に口を開いた。
「それなら俺様が連れて行ってやろう。この日曜だな?」
卓上カレンダーを手にとって、真雅は鮮やかに笑む。
「――おにいちゃん、いいの? おみせは?」
「この店は元々不定休だからな。日曜だろうと、関係無い。――決まりだな」
「ありがとう、おにいちゃん!」
夏休みのお出かけの予定は、ミヤコ屋がお盆休みを取るときに両親と祖父母の家に行くだけだったのが、思いがけないところで予定が増えた。ここが清遊堂でなければ、飛び跳ねていたところだ。
「よし、元気が出てきたな。あとは、このネックレスか。――よし、俺様がネックレスにおまじないをしてやろう」
「おまじない?」
真雅はネックレスに大きな手をかざすと、何事かを口の中で呟く。それは、朝恵には全くわからない言葉だったが。
「――ほら、見てみろ」
「あ……ネックレス、きんいろにもどってる……!」
真雅が手渡してくれたネックレスの鎖は、元通り、金色に光っていた。どこにも金色でない場所は無い。気のせいか前よりも、輝きを増している気もする。
真雅はやっぱりすごい。両親が直せなかったものもすぐに直せるなんて。不思議なおまじないも出来るなんて、きっと真雅は魔法使いなんだ。そうに決まってる。ネックレスを身につけながら、朝恵は確信していた。
「おにいちゃん、ありがとう!」
「大したことはしてないぜ? さあ、帰ってご両親に夏休みの予定を伝えてくるんだな」
「うん!」
朝恵は清遊堂に入ってきたときとは打って変わって、晴れやかな表情で店を後にしたのであった。
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