day6 呼吸(いつか自分で)
それは
わかる曲はほとんど無かったが、朝恵はその音楽に耳を傾けるのが好きである。
音楽を聴くことは、とても心弾むことであったから。
その歌も、商店街で聴いているうちに覚えたものであった。
テンポの速い、澄んだ声の女性が歌っている曲。リズムは良いが、そのメロディはどこか寂しげにも感じる曲である。
歌詞の意味は、ほとんどわからない。断片的に単語が少しわかるだけ。
それでも、好きだと感じる歌であった。
「あ。あのうただ」
今日もミヤコ屋の奥の部屋で読書をしていた朝恵は、外から聞こえてきた歌に耳を澄ませた。
この歌はあまり長い歌ではない。集中して聴いていたら、すぐに終わってしまう。
「おわっちゃった……」
大好きな歌が終わってしまったことで少し肩を落としながら、朝恵は手提げカバンからファイルを取り出した。そして中から、折りたたんだ一枚の紙を取り出すと、テーブルの上に広げる。
それは、朝恵が一所懸命に歌の歌詞を聴き取って書き出してみたもの――
「こきゅうをとめたら、しんどくないかなあ」
でも最初のフレーズは、何度聴いてもそういう風にしか聞こえない。短い時間なら、呼吸を止め続けても案外大丈夫なのだろうか。
試しに、部屋の時計を見ながら、呼吸を止めてみる。一秒、二秒、三秒――意外に大丈夫だった。なら、その次は。
「しんけんな目……って?」
そんな目をして顔を見られたら――朝恵なら、どう感じるだろうか。その情景を思い浮かべてみようとしたが、うまく思い描けない。そもそも、真剣な目とはどんな目なのだろうか?
両親が朝恵に向ける顔を思い浮かべてみた。怒るときの顔とは違う気がする。笑っている顔とも。
両親以外でよく見る顔と言えば――。
朝恵は
真雅が朝恵に向ける顔を脳裏に思い描いてみた。
笑うときは鋭い瞳を少し細めている。怒られたことは思えば今まで一度も無い。考え込んでいるときの顔はちょっと違う感じだけど、やっぱり綺麗で――
「……わたしは、みたことがない目なのかな」
どうも朝恵の見たことのあるどの瞳も『真剣な目』というその単語に合わない気がしてならない。
「……どんな目なのか、きいてみようかな」
誰かに尋ねてみれば、教えてもらえるかも知れない。
朝恵は立ち上がろうと腰を浮かせたが――座り直した。そして歌詞を書き取った紙を折りたたむと、元通りにファイルの中にしまい込む。
「これは、いつかわたしがじぶんでしりたいから、だれにもきかない」
何となく、そうしなくてはいけない気がしたのだ。この歌の意味は、いつか自分自身で理解しないと駄目なのだと。わからない言葉でたくさんの歌ではあるけれど、いつか自分で。
いつになったら、わたしはこの歌の意味が全部わかるようになるかな――
そんなことを考えた、昼下がりのひとときであった。
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