day6 呼吸(いつか自分で)

 彩花商店街あやはなしょうてんがいには、いつも音楽がかかっている。


 それは朝恵ともえも毎週見ているアニメの歌だったり、ちまた流行はやりの歌だったり、はたまた昔に流行った曲だったりする。


 わかる曲はほとんど無かったが、朝恵はその音楽に耳を傾けるのが好きである。


 音楽を聴くことは、とても心弾むことであったから。





 その歌も、商店街で聴いているうちに覚えたものであった。


 テンポの速い、澄んだ声の女性が歌っている曲。リズムは良いが、そのメロディはどこか寂しげにも感じる曲である。


 歌詞の意味は、ほとんどわからない。断片的に単語が少しわかるだけ。


 それでも、好きだと感じる歌であった。





「あ。あのうただ」


 今日もミヤコ屋の奥の部屋で読書をしていた朝恵は、外から聞こえてきた歌に耳を澄ませた。


 この歌はあまり長い歌ではない。集中して聴いていたら、すぐに終わってしまう。

「おわっちゃった……」


 大好きな歌が終わってしまったことで少し肩を落としながら、朝恵は手提げカバンからファイルを取り出した。そして中から、折りたたんだ一枚の紙を取り出すと、テーブルの上に広げる。


 それは、朝恵が一所懸命に歌の歌詞を聴き取って書き出してみたもの――


「こきゅうをとめたら、しんどくないかなあ」


 でも最初のフレーズは、何度聴いてもそういう風にしか聞こえない。短い時間なら、呼吸を止め続けても案外大丈夫なのだろうか。


 試しに、部屋の時計を見ながら、呼吸を止めてみる。一秒、二秒、三秒――意外に大丈夫だった。なら、その次は。


「しんけんな目……って?」


 そんな目をして顔を見られたら――朝恵なら、どう感じるだろうか。その情景を思い浮かべてみようとしたが、うまく思い描けない。そもそも、真剣な目とはどんな目なのだろうか?


 両親が朝恵に向ける顔を思い浮かべてみた。怒るときの顔とは違う気がする。笑っている顔とも。


 両親以外でよく見る顔と言えば――。


 朝恵は真雅しんがの顔を思い浮かべた。朝恵が知っている人の中で、一番綺麗な人。学校の女の子の間では、タレントの誰それがかっこいいとか、アニメのあのキャラクターがいいとかという話も出るが、朝恵は話題に出る相手を全部そういう風に思ったことが無くて毎回困るのだ。何故なら、話題に出る相手の誰よりも、真雅がかっこいいと思っているから。


 真雅が朝恵に向ける顔を脳裏に思い描いてみた。


 笑うときは鋭い瞳を少し細めている。怒られたことは思えば今まで一度も無い。考え込んでいるときの顔はちょっと違う感じだけど、やっぱり綺麗で――


「……わたしは、みたことがない目なのかな」


 どうも朝恵の見たことのあるどの瞳も『真剣な目』というその単語に合わない気がしてならない。


「……どんな目なのか、きいてみようかな」


 誰かに尋ねてみれば、教えてもらえるかも知れない。


 朝恵は立ち上がろうと腰を浮かせたが――座り直した。そして歌詞を書き取った紙を折りたたむと、元通りにファイルの中にしまい込む。


「これは、いつかわたしがじぶんでしりたいから、だれにもきかない」


 何となく、そうしなくてはいけない気がしたのだ。この歌の意味は、いつか自分自身で理解しないと駄目なのだと。わからない言葉でたくさんの歌ではあるけれど、いつか自分で。


 いつになったら、わたしはこの歌の意味が全部わかるようになるかな――


 そんなことを考えた、昼下がりのひとときであった。

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