day5 琥珀糖(半分こは美味しい)

 朝恵ともえは母と一緒に、商店街を歩いていた。


 あまり機会の無い、母との買い物だ。それだけで朝恵は、少し嬉しかったりする。


「あ。あれ、とてもきれい!」


 和菓子屋の『夢楽むらく』の前に差し掛かったとき、それに朝恵は気付いた。


 透き通った赤に水色、黄色に緑といろんな色をした綺麗なものが、箱の中におさめられている。


「おかあさん。あれはなに? あれもおかし?」


「そうよ。あれは琥珀糖っていうのよ、朝恵」


 琥珀糖。はじめて聞く名前のお菓子だ。前からあっただろうか?


「あら、ミヤコ屋さん。いらっしゃい。何か気になったのはお嬢さんかしら?」


「ええ。この子が琥珀糖を綺麗だと」


「あらあら、ありがとう。もっと近くで見てもいいのよ、お嬢さん」


 夢楽のおかみさんが手招いてくれたので、朝恵は琥珀糖の入った箱をすぐ側で見せてもらった。


 それは間近で見ると、なお綺麗だった。まるで透き通った色の宝石がたくさん入っているようだ。


「ねえ、おかあさん。わたしね」


「――それが欲しいんでしょ、朝恵」


「うん。……おかあさん、だめ?」


 朝恵の母は思案顔でうーんと悩んでいたが、仕方ないわねと呟くと、頷いた。


「一番小さな箱なら、いいわ」


「ほんとう? ありがとう、おかあさん!」


「話し合いは終わった? お嬢さん、好きな箱を選んでいいよ。それぞれちょっとずつ、箱も中身も違うからね」


 気の良いおかみさんは朝恵の前に、琥珀糖の箱を全部並べてくれた。


 きらきら光る色とりどりの琥珀糖に、可愛い箱。朝恵は小首を傾げてじっくりと吟味したのだった。





 琥珀糖を包んでもらった袋を提げて、軽い足取りで店に戻った。


「朝恵。一回に全部食べちゃ駄目よ。少しずつ食べなさいね」


「はーい」


 一度に全部食べてしまうなんて勿体ない。こんなに綺麗なのだから。


 どの色から食べようかと考えようとしたときに、ふと朝恵は思った。――この琥珀糖を、少し真雅しんがにあげてはいけないだろうかと。


 真雅はいつも朝恵にいろいろ教えてくれたり、お菓子をくれたり、ときには遊んでくれたりもする。そんな彼に、たまには朝恵から何かしたいのだ。とても綺麗なお菓子なら、きっと喜んでくれるだろう。


「あのね、おかあさん」


「なに、朝恵?」


「このおかしね。おにいちゃんにすこしあげてきてもいい?」


清遊堂せいゆうどうさんに? うーん、どうかしら。あの人、お菓子って好きなのかしら」


 母は思案顔だ。――もしかして駄目なのだろうか? 朝恵の表情が少し暗くなった。


「そこは大丈夫じゃないか? 清遊堂さんが夢楽さんで買い物をしているところを何度か見かけたことがあるから」


 そこに、いつも通りタオルを首からかけた朝恵の父が、口を挟んだ。和菓子屋さんで買い物をしていたのなら、お菓子が嫌いだということは無いだろう。


「朝恵は、清遊堂さんにお菓子を持って行きたいんだな?」


「うん」


「父さんは、そうしてもいいと思う。でもひとつだけ、父さんと約束だ。――清遊堂さんのお仕事の邪魔をしないこと。いいな?」


「――はい! わたし、おにいちゃんのじゃまはぜったいにしない」


「それなら、行っておいで。清遊堂さんなら、さっき店に戻って行ったよ」


 丁度今、店の前で清遊堂さんと挨拶をしたからな、と朝恵の父は笑った。父がそう言うのなら、間違いない。


「じゃあ、いってきます!」


 朝恵は両親に笑ってみせると、軽い足取りで店を出た。





「いらっしゃいませ。――ああ、朝恵ちゃんか」


 真雅は普段通り、レジの側の椅子に座っていた。すらりとした足を組んで座っているのが、とても様になっている。


「どうした。何か俺様に用か?」


「あのね、おにいちゃん。――これ、おにいちゃんといっしょにたべたいの」


 朝恵が琥珀糖を袋から出して見せると、真雅はその鋭い瞳を細めた。


「琥珀糖じゃないか。――いいのか? 俺様が貰ってしまっても。それは、朝恵ちゃんの大事なお菓子じゃないのか?」


「だいじなおかしだよ。だから、おにいちゃんといっしょがいいの。……だめ?」


「――そういうことなら、少しいただこう。ありがとうな、朝恵ちゃん」


 真雅が椅子をもう一脚出してきて、座るようにすすめてくれたので朝恵は真雅と並んで座った。


「おにいちゃんは、どのいろがいい?」


「俺様は……そうだな。朝恵ちゃんが選んでくれた色でいいぞ」


「わたしがえらぶの? じゃあ……このいろね」


 朝恵は黄色の琥珀糖を箱の中からつまむと、真雅の大きな指輪だらけの手に乗せた。真雅の瞳はとても珍しい色――黄色だ。真雅と言えば黄色なので、黄色以外を選ぼうとは全く思わなかった。自分は何色の琥珀糖にしようか迷った末に、透き通った水色の琥珀糖を手に取る。


「おいしいかな」


「それは、食べてみればわかるぜ」


 朝恵ははじめての琥珀糖を口にした。ほんのり甘い味が、口いっぱいに広がっていく。――とても、美味しい。


「おいしいね、おにいちゃん」


「そう……だな。前に食べたときよりも、美味しく感じるな」


「おにいちゃんは、こはくとうをたべたことがあったの?」


「前にな。そのときは普通の和菓子だと感じただけだったんだが――今日のは、少し違うな」


 真雅は首をひねっていた。不思議なことだ、というように。


「――前食べたものとは、別の店のものだからか? この琥珀糖は、夢楽さんのだろう」


「うん、そうだよ」


「……いや、夢楽さんのも貰ったことがあるか。おかしいな。同じ店の同じ品を食べたはずなのに、味が違って感じるなんてな」


「それはね、おにいちゃん。きっと、はんぶんこだからだよ」


 朝恵は真雅の整った顔を見上げた。視線が合う。真雅の鋭い瞳の中に、自分の顔が映っている。


「わたしもね。おなじものでちがうあじだとおもったこと、あるよ。おなじアメでも、おにいちゃんといっしょにたべるのがいちばんおいしいの。それとおなじかも」


「そうか。――俺様もそう、なのかも知れないな」


 食の進み方だけじゃないんだな。真雅はそう、呟いた。


「ありがとう、朝恵ちゃん。美味しい琥珀糖を、俺様にわけてくれて」


「わたしがおにいちゃんといっしょにたべたかったんだから、おれいはいいよ。――おにいちゃん、もうひとついっしょにたべよう?」


「朝恵ちゃんがいいのなら、俺様は喜んで」


 ひんやりとして静かな店内で、朝恵は真雅と並んで琥珀糖を味わった。


 ――半分こは、ひとりで食べるよりもずっと、美味しい。そう、感じながら。

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