広さは九州とほぼ同じ、人口は九州の16分の1

 ヒマラヤ山脈の南側に位置するブータンは、北に中国、南にインドという2つの大国に挟まれた小国である。

 ブータンの国土は九州と同じくらいと説明されることが多いが、実際には九州よりもやや狭い。ただし、ブータンには平らな土地がほとんどないため、人が住める場所は限られている。

「日本人は日本が山国だと言いますが、ブータンと比べたら日本は全然山国ではないですよ」

 ツェリンさんにそう言われたが、確かにその通りだ。私は飛行機から見た、山間にポツンポツンと点在していた集落を思い出した。

 ブータンの産業の柱の1つは観光業だが、日本からの観光客はまだまだ少ない。2022年9月23日に観光客の受け入れを再開したことは先にも書いたが、この年は正味3か月しかなかったとはいえ、日本人観光客の総数はわずか47人だった(トータルは20897人)(ブータン国立統計局『ブータン統計年鑑2023』)。これは聞いた話だが、完全に通常営業に戻った2023年もブータンを訪れた日本人は550人ほどだったという。

 ちなみにコロナ禍前の2018年は2674人(トータルは63367人)、2019年は3010人(315599人)。それが2020年はコロナ禍の影響で275人(トータルは29812人)に激減した(2021年はゼロ(トータルは1人。米国人))。

 円安のため米ドル建ての観光税は高額であり、しばらくは日本からの観光客が増えそうにない。


 旅行者の観光目的は大きく2種類に分かれる。ヒマラヤ登山やトレッキングなど、自然満喫型がまずひとつ。そしてもうひとつはゾン(城)や寺院を巡る文化堪能型だ。私が今回選んだのは文化堪能型である。

 ブータンの寺院巡りでは、とにかく2人の主要人物さえ押さえておけば十分だと言っても過言ではない。実際、どの寺院を訪れても、仏間の中央で存在感を示しているのは彼らの像である。

 1人目は8世紀にブータンへやって来て仏教を広めたパドマサンババで、しばしばグル・リンポチェとも呼ばれる。ブータンがこれまで平和にやってこられたのはグル・リンポチェのおかげだとブータン人は考えている(実際には平和がずっと続いてきたわけではないのだが)。リンポチェは生まれ変わりを意味する言葉なので、グル・リンポチェは何人もいる。しかし、ただグル・リンポチェと言えばパドマサンババを指すのが普通だ。左右に分かれたひげの先がゼンマイのように渦を巻いているのが特徴である。グル・リンポチェは歴史上の人物であると同時に神話的な存在で、法術を用いて魔物を退治したり、自ら魔人に変化したりできる。

 もう1人はブータン統一を実現したシャプドゥンである。ブータンという国家を作った人物だ。ムスリムの指導者のような長いひげをたくわえているのが特徴だ。シャプドゥンは7世紀にチベットを統一し、かの地に仏教を広めたソンツェン・ガンポの生まれ変わりとされる。


 ブータンと言えば国民総幸福(GNH; Gross National Happiness)という単語が頭に思い浮かぶ人も多いだろう。政府の役人が人々の元を訪れ、幸福度に関するいくつもの質問について聞き取り調査を行う。その結果に基づいて算出されるのが国民総幸福である。

 日本を含め多くの国が経済規模の指標である国内総生産(GDP; Gross Domestic Products)の増大を目標に掲げているなか、ブータンでは国民総幸福を高めることを国是としている。

 いつ誰が国民総幸福という概念を提唱したのかについては諸説あるのだが、国民総幸福という言葉が初めて登場した場面について、私のお気に入りのエピソードは次のようなものだ。

 1972年に開催されたある国際会議の記者会見での出来事である。1人の記者が第4代国王に対して「ブータンは世界で最も国民総生産(GNP, Gross National Products)が低い国ではありませんか」と質問すると、国王は「私たちが誇りたいのは国民総生産ではなく国民総幸福なのです」と答えたのだという。

 このエピソードが私の記憶に強く刻まれたせいで、ブータンは南アジアの貧しい開発途上国だという印象を長く持ち続けていた。

 しかし、実際には南アジアだけでなく、東南アジアの国々を含めても、ブータンは貧しい国どころか、経済的に豊かな国である。

 2018年から2022年にかけてブータンの国内総生産は3000~4000億円(『統計年鑑2023』292頁、1ヌルタム=1.8円で計算)。人口はおよそ80万人なので、一人当たりGDPは40~50万円ほどという計算になる。この水準はフィリピンとほとんど同じで、ラオスの1.3倍、カンボジアの2倍、ネパールの3倍である。何より、この数値は南アジアの大国たるお隣のインドよりも高い。

 必然的にブータンの物価も高く、この旅行中、もろもろの値段の高さに何度も驚かされることになる。ブータン人自身も国産品の値段はなんでも高く、インド産や中国産が安いという感覚を抱いている。

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