ブータン入国

 飛行機が高度を下げ始めるとブータンの陸地がはっきりと姿を現し始めてきた。見渡す限りどこまでもヒマラヤ山脈の斜面が続いているが、その中に線のように細い道路が見え隠れしている。道路がたどり着く先は、山間の深い谷が作るわずかな平地にできた小さな集落だ。山、山、集落。山、山、また集落。窓からの風景はこの規則正しい繰り返しが続く。

 しかし高度がさらに下がり、パロ国際航空が近づくにつれ、山、山、集落というパターンはそのままに、緑地がすっかりと茶色に変わってきた。冬季で葉っぱが落ちているというのではなく、山肌がむき出しになった禿山なのだ。ヒマラヤ山脈に位置するブータンのイメージと合わず、私には意外な光景だった。

 眼下に建物が増えてきた。どれも似たような形で平べったく、建物が何軒か集まったエリアはCPUが付いたパソコンのマザーボードに似ている。なるほど、これがブータンか。

 飛行機は着陸時にもほとんど揺れず、無事にパロ国際空港に着陸した。もうすっかり頭から抜けていたが、この飛行機には国王陛下がご搭乗されているのだ。きっと今日のフライトを担当したパイロットはとびきり優秀に違いない。

 今度はタラップを降り、ほかの乗客たちと一緒に空港ゲートへ向かってぞろぞろと歩き始める。気温は東京よりも10度ほど低いはずだが、天気が良いせいか、想像していたほど寒くはない。替えの下着などはすべて厚手の物で、失敗したかなという気がちらとした。

 空港は平屋の細長い建物で、屋根は緑色に塗られていた。先ほど上空から見た家屋にも同じような緑色に塗られているものが多かった。そして茶色い壁には壁は赤、黄、オレンジ、白などで花のようなブータン文様が描かれている。民俗博物館の展示物を見ているような気分だ。

 入国審査ゲートにいた職員は皆、民族衣装のゴーを着ている。パスポートに30日間有効のスタンプを押してもらい、先ほど飛行機の中で正しく教えてもらった「カーディンチェ・ラ」とお礼を言うと、審査官もゾンカであいさつを返してくれた。

 建物を出ると目の前にはインド風の衣装をまとった一体の仏像が現れる。その奥にある中国寺院の山門風のゲートをくぐるとガイドのツェリンさんと運転手のソナムさんが出迎えてくれた。

 ツェリンさんは日本人に似た顔立ちで、若い頃の藤岡弘に顔の雰囲気が似ている。角張った顔のソナムさんに似ている有名人が私にはちょっと思い浮かばない。2人とも30代前半だろう。

 ツェリンさんとソナムさんはどちらも民族衣装のゴーを着用し、足元は黒の革靴とやはり黒のひざ丈のハイソックスといういで立ちだ。

「クズザンポー・ラ」

「クズザンポー・ラ。はじめまして」

 あいさつを済ますとソナムさんが私の荷物を車のトランクに運び入れてくれた。もっとも、荷物はボストンバックひとつだけだ。

 今日から1週間、私は彼らと共にブータンを巡るのである。

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