30.赤と黄色のオリジナル楽曲【Day30・色相:南方+土屋】

「なんでハワイに来てまで作業してるんだろうな、俺ら」

「それは言わないお約束、ってやつだよ侑太郎。正直理解したくはない事実だから、そう何度も言わないでほしい。マジで」


 新しいMVの撮影のためハワイに訪れた『read i Fineリーディファイン』は、翌日からの撮影に備えてほとんどのメンバーが英気を養っていた。……そう、『ほとんどのメンバーが』である。

 全員での夕食を終え、ホテル周りを散策したり自室でゆったり過ごしたりと九者九様の過ごし方をしていたが、南方侑太郎みなかたゆうたろう土屋亜樹つちやあきは悲しいかな、外に一歩も出ず楽曲製作の作業をしていたのだった。

 彼らが行っている作業は、年末特番のアレンジ作業だ。七月中はほぼずっとこれにかかり切りだった──というか、その合間合間で別の楽曲作業へ脱線し過ぎたのである。冬に出すCD(今回の撮影はそのMVのためのものである)が完成すれば、また次のCD発売の準備に取り掛かる。こうして一年があっという間に過ぎていくのだ。年もとる訳だ、と南方は苦笑した。


「あー自分がもう一人ほしい……」

「亜樹、どうした」

「芸能活動する自分と、プロデュース活動する自分とで分裂したい」

「気持ちはめっちゃ分かるけど、それも一長一短だしなあ」


 セルフプロデュースを行っているアイドルグループだからこそここまでの話題性がある訳だし、自らでコンセプトを自由に決められる利点もある。ただ裏方の仕事も多く引き受けないといけないため、物理的な時間が足りないのもその通りだ。

 本当はもっと歌やダンスのレッスンにも通いたい。演技など、求められた時に万全な対応ができるよう習ってみたい。そう思ってもプロデュースやディレクションに時間が吸い取られるため、それらが叶ったことはない。怖いのは裏方業務に追われて、パフォーマンスに支障を来すことだ。土屋は南方の背中に頭をぐりぐりと押し付けた。


「なんだよ、いきなり」

「『それも一長一短』ってどういうこと?」

「うん?」


 土屋としては南方のその言葉に疑問を覚えた。時間はあればある方が良いだろう、しかも自分が二人いるなら考えが合わないことはない。これ以上もなく理想的だと土屋は思っていたが、どうやら南方の考えは異なるらしい。


「多分、アイドルの俺とプロデューサーの俺じゃ考え方は違うと思うんだよ」

「そうなの? 同じ『自分』なのに?」

「まあ感性が異なる、ってことはそうないと思うけど、考え方は環境によってくるところが大きいからさ。今の俺らってアイドルの自分とプロデューサーの自分のグラデーションがあるから、こういう発想になってるんだと思うし」

「グラデーションか」


 表舞台に立つ自分と、裏方に徹する自分。その二色が存在するから、世にも奇妙なグラデーションが成り立っているという訳だ。人によっては歪だと言うかも知れないが、自分たちにとっては美しいことこの上ない比率なのだろう。何となく、そう思った。


「海の浅いところと深いところの狭間、みたいな。温かい海水と冷たい海水が混ざるところみたいな、そういうところで魚が沢山獲れるみたいな」

「だから俺ら、こんなに良い曲が作れるってこと?」

「そういうことだよ、ブラザー。……っていうのは冗談にしても、強みではあるよな」


 さて作業作業、と南方は再びパソコンと向かい合った。

 一度切れた集中力を再び取り戻すのは難しいはずなのに、南方の目は既に音の動きと響きにしか興味がないようだった。本当にすごいな、土屋はその背中を見て集中力の切れた自分を煩わしく感じる。

 グラデーション、という言葉の輪郭がぼんやりと浮かぶ。このテーマで良い曲ができそうな気がする、が今はそんなことをやっている場合ではない。そもそもそういうことばっかりやってきたから、ハワイまで来て作業をする羽目になっているというのに。


「なあ侑太郎、侑太郎のメンカラは緑だろ」

「そうだよ、お前は赤だよな」

「でも侑太郎の曲って緑っぽいのあんまないよな。黄色とか、オレンジに近い感じがする」

「……コンセプトカラーって訳ではないな、なるほど?」


 コンセプトカラーは曲というよりアルバムに対してのものだ。その曲集に対するコンセプトの色があるというだけでのことで、作った曲が何色っぽいなんて話は今までにしたことがない。


「亜樹はどっちかっていうと淡い色が多いよね。ラベンダー、ベージュ、パステルブルー、スモーキーピンク」

「色名にもインテリを感じるなあ……」

「服屋で見かけるそれっぽい横文字なだけですが?」


 インテリさの感じる色名ならもっとあるぞ、という南方の言葉を無視して亜樹は自分が今まで連ねてきた音の塊を見つめた。何に色を感じているのだろう、イメージカラーを曲ごとに当てはめてカラーチャートに当てはめれば理解できるのだろうか。

 そんな思考は、ノックの音に打ち消される。はいはい、と南方は我が意を得たりと言わんばかりに扉へ近付いてった。


「永介、お疲れ」

「おつつつ、海辺歩いてたらめちゃ疲れた。あ、亜樹もおつつつ」

「おつつつつつ」

「『つ』多いな」

「っていうか、なんで永介?」


 扉の前に立っていたのは桐生永介きりゅうえいすけだ。非常にラフな恰好で、桐生自身も何故呼ばれたのかよく分かっていないような顔をしている。


「えいちゃんにはアレンジした曲をさらっと歌ってもらおうと思って」

「噂の年末特番曲?」

「じゃないやつ」

「は?」


 こいつ……、亜樹は信じられないものを見たかのような目で南方を見た。


「ハワイにいる間にしか得られないインスピレーションを元に作った曲、タイトルは色の名前が良いかな。ハワイのシンボルカラーって赤と黄色らしいよ」

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