28.あらゆる雑音で埋め尽くして【Day28・ヘッドフォン:御堂+南方】
「うわ、マジか」
明日出発予定の海外ロケ──行先はハワイであり、御堂は荷造りの真っ最中だった。と言っても服はとうに詰め終わり、あとは今日使ったもので必要なものを入れるだけなのだがそこでトラブルが発生したのである。
「いっちゃん、……どうした?」
「ゆう、どうしよう」
御堂の部屋を覗き込んだのは
そんな訳で部屋を覗いた南方だったが、肝心の御堂は眉を八の字にして切なそうにこっちを見てくる。何があったんだ、と南方は部屋の中に入り御堂の隣に腰を落ち着けた。
「ヘッドフォン、片耳聞こえなくなった……」
「マジか」
聞いて、と言われて南方はヘッドフォンを装着する。音楽は再生されているが、確かに右耳だけ聞こえない。有線ではなくブルートゥース接続のヘッドフォンであるため、ヘッドフォン内部の故障だろう。
泣きそうな御堂を横目に、これは確かにまずい、と南方は表情を渋くさせる。
御堂は生まれつき聴覚過敏である。大きな音が好きでなかったり、時計の針など普段は気にならないような音でもやたら大きく聞こえたり、そういう性質を持っている。そんな彼にとって移動時にヘッドフォンはマストアイテムだ。特に空港や駅など、多くの人が集まるところにおいては。こうしてヘッドフォンが壊れてしまうことは、彼にとって死活問題なのである。
「買いに行く時間ないよね……」
「明日、出発は夜だけど朝から普通にミーティングだし。昼はいっちゃんも仕事じゃなかった?」
「仕事、……マネージャーさんに買ってきて、いや駄目だ、自分で選んだのじゃないと」
御堂が重視しているのは音質より着け心地だ。買いに行くときは店頭に置いてある見本を実際に装着して、吟味して購入している。適当なものを買う訳にはいかないのだ。
頭を抱えて、パニック寸前となっている御堂は珍しい。幼なじみである南方ですら珍しいと感じるほどだ。どうするか、と南方も考え込む。要するに御堂が装着感に納得のいくヘッドフォンなら良い訳で、ああ、じゃあこうしようか。
「いっちゃん、ちょっと待ってて」
南方は御堂の肩に手を置いたあと、自室へと戻っていった。そしてがちゃがちゃと物音を響かせ、一分ほどで戻ってくる。その手にはヘッドフォン、有線のものが握られていた。
「それ」
「まだあった。懐かしいでしょ、これ」
「……使えるの?」
「聞いてみ」
そう言われた御堂は、スマートフォンのイヤホンジャックにヘッドフォンの端子を差し込んだ。音楽を再生すると両耳からステレオ再生でちゃんと聞こえる、心なしか音質も良い気がした。
「ちなみにそれ、箱に入れてたからわりと状態は良いはずです、はい」
「箱⁉ え、貰ったときのまんま保存してたってこと⁉」
「更にちなむと包装紙も取ってあるよ、リボンも」
「……それは流石に、引くわ」
なんで⁉ と喚く南方だがそれもそうだろう、と御堂は真顔にならざるを得ない。
このヘッドフォン、実は御堂から南方へ贈ったものだ。入所一周年記念として贈り、また自身もしばらくの間使っていた同機種だ。ブルートゥースヘッドフォンに切り替わるまでの、南方の移動用アイテムだったものである。
現在使用中のもの切り替わった際に捨てられたと思っていたがまだ残っているなんて、と御堂は素直に驚く。南方は物を捨てることがあまり上手くないが、それでも後輩の手に渡ったりしているのではないと疑っていたのに。
「俺がいっちゃんから貰ったもの、捨てる訳なくない? 全部棺に入れてもらうつもりなんだけど」
「いやそれでもゴミは捨てなよ」
「包装紙はゴミじゃない! あれは大事なメモリーなの!」
「いやゴミでしょ……再利用もできないのに」
「あれでブックカバー作ったりしてるから、再利用はしてるもん……」
「『丁寧な暮らしをしている』人じゃん」
よくやるなあ、と御堂は呆れ顔だが自分の贈ったものがそこまで大事にされて、内心嬉しくない訳がない。
御堂はヘッドフォンをお借りします、と深々礼をして南方にもたれかかった。このサイズ感がいちばん丁度いい。頭がすんなりと肩に乗るか乗らないか、すると南方の腕が御堂の背中を回り掌が頭を撫でる。
「あんま無理しないでね。無理だと思ったら誰でも良いから言うんだよ」
「んー、お前じゃなくて良いんだ」
「近くにいる信頼できる人なら誰でも良い。いっちゃんも俺も違う場所でそれぞれ忙しいからね、致し方ない」
「せやなあ」
何故か関西弁で応えた御堂に、南方が気の抜けた笑い声を漏らす。明日からまた怒涛の日々が始まるというのに、今日の今、この瞬間は時間がゆっくりと流れていた。
「お前の心臓の音でも良いかも」
「……いっちゃん、何の話?」
「気を紛らわすための雑音が。メンバーの生活音とか好きだけど、生きてるから出る音も好きかも。心臓とか、呼吸音とか」
「落ち着くよね」
あとで俺も聞かせて、と南方が言えば御堂は、くすぐったくしなければ、と苦虫を嚙み潰したような顔で答えた。尚この後、南方はわざとくすぐったくして御堂に蹴りを食らっていた。手加減されているとは言え、空手黒帯の蹴りはなかなかに重たかったという。
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