27.目を凝らして光る【Day27・鉱物:月島】
東京から新幹線で二時間強、到着したらタクシーを拾い更に十五分。本当にギリギリなスケジュールだ、と
「あっつ……京都ってほんま酷暑やなあ」
タクシーが止まり、料金を精算する。着いた先は墓地だ。新幹線で降り立った時も思ったがこの地は東京よりいくらか蒸し暑く、せめてもう少し太陽が陰っていればなと思わずにはいられない。帽子をかぶってこれば良かっただろうか、いやすぐ脱ぐだろうな。
入口からおおよその場所まで歩けば、遠くの方で手を振っている人物を見つける。かなりのオーバーアクション、誰かが分かり月島はほっと顔を綻ばせた。
「父さん」
そこにいたのは月島滉太の父。落語家で、芸名は『
「滉太、お疲れさん。場所分かった?」
「タクシーのおっちゃんが珍しく親切な人やってん。オレは運ばれるだけやったわ」
「そらええこった。じゃあちゃっちゃと参ろ。母さんも、おじいちゃんも待ちぼうけくらっとるわ」
「え、ごめん。こんな暑い中待たせてもうて」
待つのは好きでやっとるんやからええんやない? と月島の父はあっけらかんと言って先頭を歩く。歩いて数分すると、記憶によく残っている場所に出てきた。月島家の墓がある辺りにたどり着いたのだ。
「滉太~、お疲れ様」
「母さん、久し振りやね」
「ほんまやで。正月も帰ってこれへんかったしなあ、あ、でも紅白で見とったからあんま会えてない感じせえへんわ。テレビにもよお出とるし、お父ちゃんやおじいちゃんよりも」
「職種の違いやね」
月島が父と祖父にそれとなくフォローを入れると、父は後ろから「そうやぞ!」と賛同の言葉を重ねる。祖父は、というと聞いているのか聞いていないのか、よく分からない表情をしていた。……いやこれは聞いていないな、と月島は察した。
「じいちゃん」
「お、ああ、滉太かいな。よお来たな、忙しいやろ」
「そんなこと、って言いたいけど今日もトンボ帰りや。夜九時からラジオやねん」
「芸で生きとる人間が暇を持て余すようになったら終いやで。忙しい内が華や。まあ休みたい気持ちもよお分かるけど」
そう言いながら月島の祖父にして、月島の母の父──人間国宝、落語家の『
「母さん、日陰! じいちゃんよろめいた!」
「ほんま⁉ もおお父さん、私さっきから椅子に座っとけ言うとったのに!」
「大袈裟やねん……よろめいただけやぞ……」
「いや熱中症は死ぬやつやから甘く見たらあかんよ、じいちゃん」
月島は祖父の手から扇子を奪い取り、代わりに祖父を扇ぎ始める。月島の母はというと自身の日傘を広げて祖父の上にかざす。父は冷たい飲み物を買いに行ったらしい、水筒の中は空になってしまったそうだ。
……と、そんなこともありながら本日のメインイベントが開催される。今日は月島の祖母、つまり祖父の妻、そして母の母、その墓参りだ。
「お義母さん亡くなってからもう五年ですか」
「光陰矢の如しっちゅうのはこういうことやな。滉太がもう働いとるとは思うてなかったが」
「母さんに滉太のデビュー姿見せたかったなあ」
いちばん応援しとったもんな、と母は月島に笑いかける。それに対し、月島も柔らかく微笑んで「感謝してもし切れへん」と返した。
月島がアイドルを志した時、家族内の大半が反対ムードだった中で唯一味方だったのが亡き祖母だった。というのも祖母はアイドル好きで、月島が「踊る仕事がしたい」と言った時にアイドル事務所を勧めたのも彼女なのである。あれがなかったら自分は今どこで何をしていたのか分かったものではない。
ただ月島は、祖母の存命中にデビューができなかった。そればかりが唯一の後悔として残っている。
「滉太、ちょっと」
帰り際、月島は祖父に呼び止められる。両親は掃除道具などを返しに行く、と言って既にその場にはいなかった。怪訝な顔をし、月島は振り返る。祖父はポケットから、小振りな巾着袋を取り出した。
「デビューしたら渡してくれってばあちゃんに言われとったんやけどな、どこに仕舞ったか分からんくなって昨日ようやく見つけた。ばあちゃんからお前への餞別や」
「え……、っていうか、仕舞った場所分からんくなったのやばない……?」
「大事にしとるもんこそ凝った場所に仕舞って分からんくなること普通にあるやろ」
ええから開けてみ、と月島は祖父から手渡された巾着を開ける。中には真っ青な石のついた指輪が出てきた。月島は驚き、同時に祖父も驚く。どうやら中身が何か知らなかったようだ。
「……サファイア? やな?」
「……せやな。ばあちゃんの婚約指輪や、誕生石で。じいちゃんが買ったやつ」
「そうなん?」
「遺品整理の時ないなあ思うたら、そうか、ずっと持っとったんか。灯台下暗しとはこういうことやな」
大事にしてくれてたからなくした訳ないわな、と祖父は少し寂しそうに漏らす。
しかし婚約指輪と言っただろうか、そんな大事なもの自分が持っていていいのか。月島は戸惑いながら祖父の方を見遣る。祖父は大きく頷いて「ばあちゃんとの約束やし」と答えた。
「困った時に売れ、とかやなくて、普通にお守りとして持っといたらええよね……?」
「滉太は時に妙に卑屈やなあ。これには頼らんぞ、っちゅう気概で頑張ったらええやろ」
応援しとるで、と当時いちばん反対していた祖父が月島の背を叩く。力強く、温かい掌だ。温かいのは気温のせいかも知れないが、まあそう考えるのは無粋だろう。
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