23.最後に掴んだ心許ない、【Day23・ストロー:日出+月島】

「しんど、」

「どうしたん、そんな天井見上げて」


 なんかおるん? という月島滉太つきしまこうたの茶々に、佐々木日出ささきひのでは顔を青くさせて「そんな訳ないじゃん」と口早に否定した。宿舎にて、時間は午前二時を過ぎようとしている。いつもならばさっさと寝なければと慌てる時間帯だが、今日に限っては明日の仕事が昼から深夜までという通達があったためわざと体内時計をずらしている。といってもいい加減眠たいのだけど。


「話戻すけど、しんどいって明日のこと? 長丁場やもんな」

「や、それもあるけど、……聞いてない?」

「何が」


 日出の様子を見て月島は只事ではないことに気付く。彼の隣に腰掛けて、月島は次の言葉を待った。日出は非常に言い辛そうな表情で、今日の昼に同じ『read i Fineリーディファイン』のメンバーである高梁透たかはしとおるアレクサンドル──から話を聞いた御堂斎みどういつきからの報告内容を話し始める。

 その内容に、月島は絶句するしかなかった。簡潔に説明すると、テレビ局にてあるスタッフから叩かれた陰口が高梁の耳に入ってしまったという。しかもそれが運悪く、推定高梁に向けたものであったそうだ。非常に稚拙で解像度も低い、偏見と歪みを煮詰めたような言葉の羅列だ。聞いているだけで気分が悪くなるほどだった。


「そんで、透の様子は……?」

「そもそも透は言われた言葉の意味をちゃんと理解できてる訳じゃなかったし、斎もちゃんと教えてないって。ただ悪いことを言われた、という自覚はあるみたいで『その人とはもう関わらない』みたいなこと言って終わったそうだけど」

「プロデューサーに言って苦情出すのもありやな。つか、演者がいるかも知れんとこで陰口叩くのは端的に危機管理能力に欠けすぎやろ。何やねん」

「怒るとこそこなの?」

「信頼できへん言うてんねん。この仕事してる以上、信頼は何よりも大事なはずやろ」


 それはそうだ、と日出は頷く。芸能界は常に機密の飛び交う界隈である。ありとあらゆる仕事が水面下で進み、契約に則って決定された日時にしか情報公開ができない。『消費者に対するサプライズ』が大事になってくるのだ。加えてそうした契約が縦に横に斜めに飛び交っているため、全方向に向けて不利益なことを発信しないような機転も必要になってくる。そんな世界で近くにいるかも知れない人間の悪口を言う、ということは予想以上にリスキーな人材である可能性が高いのだ。


「そんな人がおる番組に、うちのメンバー任せたくないし。真面目に『上』同士で話してもらった方がええよ」

「そうだね。それは尤もだ、明日にでも言おうか」

「俺から言うわ。ありがとな、日出。ちゃんと教えてくれて」

「そりゃ教えるよ。リーダーの耳には入れないといけないと思ってたし」


 大きく溜息をついて、日出は月島にもたれかかる。肩に頭を置いて、月島の首に頭頂部をぐりぐりと押し当てた。でかい猫に絡まれている気分だ、月島が日出の顎をくすぐるがその手は叩き落とされた。リベンジしようとしたら、爪を立てるポーズをされて威嚇される。諦めて月島は話し始めた。


「やな話聞くと消耗するなあ」

「本当に。慣れたと思っても慣れてない、っていうか慣れたと思ってる時はそういう話が耳に入ってない時なんだよね。実際に耳に入ると、うん、きつい」

「自分の話でもきついけど、メンバーの話のがきついんよな」

「それね。特に俺は最年長だから、年下の子たちが何か言われてんのはマジで嫌」

「水面のこと言われても?」

「水面については、『俺の弟に文句あんのか』って気分」


 なるほど、と月島は朗らかに笑った。そして日出の頭に自分の頭を置く、と同時に日出から腰を引き寄せられる。こんな熱帯夜のしかも深夜に、ゼロ距離で何をしているんだという話だ。


「いつか俺ら、どっかのゴシップ誌にスクープされそうやな」

「あー、手繋いで宿舎の周りをうろついてみる?」

「いつものこと過ぎて誰もツッコまんやろ」


 確かにそうかも知れない、と日出は心の中で頷きかけて、でもそれってわりとおかしいな、ということに気付いた。俺はこの同期で、ひとつ年下の男に何を求めているんだろうか。


「藁をも掴む、的な」

「オレ、藁? ええ、そんな痩せとる?」

「痩せてはいるけど、そういう意味で言ったんじゃない。体型的なあれじゃない」


 実際月島の体型は痩せ型にあたるだろう。身長があまりないということもあるが、体重だけならグループでもいちばん軽いはず。BMIの値も最下位だったはずだ。だけど今はそういうつもりで言った訳ではない。


「俺が最後に縋るのは、多分お前なんだろうなって」

「縋る前にすぐに助け、求めてな? 時間薬って言葉あるけど、その逆もあるし」

「取り返しのつかない、ってことはあるね」

「ほんまやめてね? オレはメンバー全員泣いてたら助けてやりたいけど、多分いちばん動揺すんのは日出が泣いとる時やから。何するかほんま分かったもんやないで」

「何するんだろうねえ」

「ほんまやめてな⁉」


 心身共に健康であってくれ……という月島の祈りを笑顔で頷きつつ、日出は月島の手首を握った。藁どころか枯れ枝ですらない、筋肉のついた腕だ。そう言えば最近筋トレに勤しんでいると言っていた気がする。


「どんどん男らしくなっちゃって……」

「そりゃ男やもん」

「そういう意味じゃなくて、や、いいや。男の子だもんね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る