22.いつか滴る天照【Day22・雨女:桐生+森富】

「ひょっとしてだけど、俺って雨男……?」

「ど、どうなんだろ……『ひょっとして』ってことは太一、前もなんかあったの?」


 桐生永介きりゅうえいすけ森富太一もりとみたいちは宿舎のリビングに横たわって、土砂降りと言っても過言ではない窓の外を眺めていた。恐らくゲリラ豪雨だ。晴れていたのにいきなり風が強くなり、数秒としない内に雨が降ってきた。その量は瞬く間に増え、気付けば向こう側の景色が見えない白いカーテンのようになっている。

 そこでぼつりと呟いたのが森富だった。それを拾い上げる桐生、森富は悔しそうな顔で以前あったある出来事について語る。


「前、ゆうくんと練習室にいた時もいきなり雨が降ってきて……練習室の予約時間が終わっても止まなかったから、結局止むまで待ってたんだよね」

「どうせ二人揃って天気予報見てなかったんだろ」

「なんで分かるの⁉」

「侑太郎と太一のことは大体分かる」


 というかこの『read i Fineリーディファイン』というグループにおいて、天気予報を見る人間の方がレアだ。それこそリーダーの月島滉太つきしまこうたくらいである。あとのメンバーは月島から何も言われない限り、折り畳み傘などを持って行こうという考えにすら及ばないのである。甘えすぎ、と本人も甘えているはずの最年長・佐々木日出ささきひのでに言われたことを思い出した。


「でもさ、俺が自分のことを『雨男かも』っていう理由はもういっこあって」

「そうなの?」

「うちのママが雨女なんだよ。ドがつく雨女」


 森富曰く、彼の実母の雨女伝説は数多く存在するそうだ。授業参観日は絶対雨、懇談会や三者面談も必ず雨、運動会や学芸会、文化祭といった行事も雨が多く、運動会は必ず一度は順延になるという始末だ。森富は過去母親に向かって「もう運動会来ないで!」と言ったそうだが、母は強しというか完全にスルーして見学に行き見事午後から悪天にさせたそうだった。

 だがここで桐生が思ったのが、もしこれが遺伝性ならば森富もその雨に加担していたということではないだろうか。弩級の雨女と推定雨男、ふたり合わせればそりゃあ雨の確率も上がるだろう。そもそも雨女/雨男なんて本当にいるのか、というところだが。


「まあ幽霊も神様もいるんだし、雨女も雨男もいるか」

「な、なんか不穏なこと言った? 今……」

「何も言ってませんが? つかお前が雨男なら、過去の雨天も太一のママだけの仕業じゃないんじゃないの? お前のパワーも加わってるだろそれ」

「……、……そうだね⁉」

「そうだよ」


 じゃああの時のこと謝らないといけなくない? と森富は眉を八の字にして桐生へ問い掛けた。酷いことを言ったと自認がある場合は、相手がそれを覚えているかどうか考えずに謝った方が良い──というのが桐生の持論だ。謝罪という行為はそれそのものが自己満足なので、謝りたいと思ったら謝った方が良い。もちろん、相手が許したくない場合は謝らない方が良いときもあるけれど。


「いつまでもずっと一緒にいられる訳じゃないんだし、謝りたい時に謝った方が……どうしたよ、なんで泣きそうな顔してんの」

「や、なんか、……ごめんなさい、……」

「え、」


 ぼろぼろ、森富の目から大きな雫がいくつも零れ落ちる。それを見た桐生は頭が真っ白になった、どうしたらいいのか分からず思わず手でその雫を受け止めてしまったほどだ。いや、ティッシュだろティッシュ。


「なんで泣いてんの~? 俺が泣かせた? なんかやなこと言った俺? 言ったなら気付かなくてごめんなさいなんだけど……」

「ううん……あの、一緒にいられる訳じゃない、って言ったとこ」

「それが、良くなかった? ごめん、なんか不用意なこと言って」

「ちがう、ちがうんだよ、えいちゃんがわるいんじゃなくて、俺が、余計なこと……、」


 そこで桐生は、はっとした。うちの母親のことか、と。


「お前が気にするようなことじゃないんだけどな。あとうちの母親は、俺が生まれてすぐに死んじゃったから俺は彼女に対して後悔も何もない訳だし……」

「それでもだよお……、あとそんなこと言わないでよお……」

「えええ……」


 森富は起き上がってティッシュで涙と鼻水を処理しながら、そのまま寝そべっている桐生へしなだれかかる。胸当たりに凭れかけられたから、互いの顔が至近距離に存在していた。近いなあ、と思いつつ桐生は真っ直ぐと見据える森富の目を見つめる。


「あーもう、本当になんで泣いてるんだか……」

「分かんないけどお……、えいちゃんのお母さんの気持ちを考えると悲しい……」

「病弱さはまったく似なかったから、多分喜んでるよ」

「あと、えいちゃんの気持ちを考えても悲しい……」

「そうなのかあ、俺の気持ちかあ……」


 乱雑に頭をぽんぽんと叩き、桐生は泣き続ける森富を慰める。

 桐生の母親は運動神経が大変良かったが体が生まれつき弱く、生きるための手術を何度も行ってきたそうだ。妊娠も出産も身体的にハイリスク、死んでもいいから産みたい、と言ったそうだが遺された者の気持ちは考えたことがあったのだろうか、と桐生は密かに思っていた。

 少なくとも俺は良い気持ちはしないな、と心の中で何度も呟いていた──ことを今さっき思い出す。森富の涙を見て、思い出せたのだ。


「ありがとね、俺と俺の母ちゃんのために泣いてくれて」

「泣くことしかできない役立たずです……」

「そんな訳あるまい」


 言って桐生は窓の外を見た。そういえば俺の母親は、とんでもない晴れ女だったらしい。そんな記憶が蘇るほど、見事な晴れ間が窓の外に見える。厚い雲の隙間から、夏の陽光が何本も差し込んでいた。あの先に母はいるのだろうか、いや天国があそこにあるかは知らないけど。幽霊も神様もいるなら、あっても良いよなあと桐生は思った。

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