17.灼熱の年末行進曲【Day17・半年:南方+土屋】

「侑太郎、今って何月だっけ」

「頭茹ってる? 七月だよ」

「じゃあ今やってる作業はいつのためのもの?」

「これは年末の音楽特番のためのもの」

「軽く見積もって半年後ってことか……」


 ヤギリプロモーション本社の作業室。今日も今日とてやることは山積みだ。十二月発売のEP盤の楽曲作業も大詰め、メンバーの佐々木水面ささきみなも作詞楽曲の収録し直しも進みエンジニアの方に確認を取りつつの編曲作業も進んでいる。

 しかし彼らが受け持っているのは『read i Fineリーディファイン』のCDにまつわる仕事だけではない。楽曲提供があればその作業もあるし、今のように音楽特番で使う楽曲の編曲もある。八月頭にあるという花火大会でのロケに使う編曲作業は? と土屋亜樹つちやあきが問えば、南方侑太郎みなかたゆうたろうは「そっちは粗方」という回答が戻ってきた。作業スピードが尋常ではない。


「寝てる? 息抜きできてる?」

「最近はそれなりに。あー……、亜樹、ここの歌割考えて」

「既存じゃ駄目なの」

「オリジナルラップの部分、いくら何でも俺らばっかり歌うのはアレでしょ」


 いくらメインラッパーとは言え、と南方は気遣わしげに笑う。それは確かに、と土屋は頷いた。

 一年目の『read i Fine』は各々が持つパートをいかに聴衆に印象付けるか、を目的に歌割を作っていた。そのため聴かせるフックなら桐生永介きりゅうえいすけ佐々木日出ささきひのでといったボーカル隊、ダンスメインなパートならダンス隊である高梁透たかはしとおるアレクサンドル、佐々木水面、キーリングパートは声の独自性を生かして御堂斎みどういつき高梁透たかはしとおるアレクサンドル、ラップパートはメインラッパーの南方と土屋、そして月島滉太つきしまこうたが主に請け負っていた。

 ただ二年目はその方向性に少しテコ入れをしたいと考えたのだ。何故なら基本ラップパートが多めな『read i Fine』楽曲において、メインラッパーふたりの歌割が自然と多くなってしまうのだ。


「歌割は歌番組のカメラ割りに直結するから、簡単に言うと『声』がよく届くんだよね」

「苦情、ってこと?」

「真摯なご意見です。言ってることに納得できるし、俺らもメンバーの力量を見誤ってはいけないから」


 言ってはなんだが、『read i Fine』のラップパートはかなり難易度が高い。テンポの取りづらい楽曲においての高速ラップ、全英語歌詞(しかもイギリス英語)のラップ、どれも南方や土屋が「これがいちばんカッコいい」と思って作詞したものだが、ラップに不慣れな者にとっては完全に泣かせにかかっているレベルとのことだ。

 この感覚は同じメンバーであっても消えるものではなく、次にレコーディングする曲においてラップパートが異様に割り当てられていた日出は「どうにかならんか」と訴えに来ていた。どうにもならない訳だったが。


「のでさんの声質に似合うラップ詞だ、と思ったら歯止めが利かなくなったよね」

「のでさんのレコーディングが楽しみだなあ……」

「めっちゃ練習してくれてるらしい。最近質問のメッセージがめっちゃ多い」


 そう言って南方はメッセージ画面を土屋に見せる。内容はラップの質問六割、苦情四割といったところだ。完全に途中からは小学生の悪口みたいになっている、微笑ましくもあるが土屋は思案する、自分が同じ立場だったら同じようなメッセージを送っているだろうな、と。


「で、ごめん、話は変わるけどオリジナルラップのところなんだけど」


 そう言って南方は椅子ごと土屋の方を向く。今日初めて土屋と南方ははっきりと互いの顔を見た。そして土屋は、いやいや、と脳内で先程言った南方の発言を打ち消す。「寝れている」「息抜きしている」、この顔でそんな訳ないと思ってしまったのだ。


「……どうした?」

「いや、編曲作業なら俺もできるしある程度割り振ってよ、という気持ちでいっぱい」

「ごめんごめん」

「悪いと思ってないだろそれ。お前さ……、あのね、途中で倒れられた方が困るんだよ?」

「倒れない倒れない、受験期間より大分マシなのに」


 一昨年のことだ。実際南方は受験生期間とデビュープロジェクト期間が重なって大分しんどい思いをしたそうだが、それでも体調だけは万全でありとあらゆる仕事に皆勤で出席していた。ただそれは緊張の糸が張っていただけ、とも捉えられる。受験が終わった翌日に、彼は熱を出して寝込んでしまったのだから。


「あの頃と今じゃ受けてるプレッシャーの質が違うだろ。どっちがマシとかじゃなくて、どっちもしんどいんじゃないの?」

「……心配してくれてるんだ」

「するに決まってんだろ。俺は侑太郎のこと、いちばんいなくなっちゃ困る人だと思ってるから」


 楽曲製作でも柱となり、それに伴いディレクションでも柱となり、プロデュースでも柱となっている南方。欠けたらすべての仕事がストップするのではないか、というくらいの責任を背負っている。それに加えて学業もあるし、個人仕事も増えつつある。しんどくない訳、ない。


「……亜樹」

「なに? 休む気になった?」

「お前にそう言ってもらえるだけで、わりと元気になるなあと思って」

「元気になるな! 休め!」

「ちゃんと理不尽だけど筋が通ってるね……、あ、じゃあさ」


 今度の練習生ショーケース一緒に行こう、と南方は提案する。練習生ショーケースとはヤギリプロモーションの練習生が全員参加する『査定』の場。ここでの活躍によって今後のデビューがどうなるか、かなり大きく左右される緊張の一日なのである。


「オフだから良いよ、っていうかそれで息抜きになる?」

「まあ、何もないよりマシでしょ」

「言い方が微妙過ぎる……、俺、今から仮眠取るけど一緒に寝る?」

「添い寝してくれるって?」

「うん」


 じゃあ寝ようかな、と南方は堪え切れないように欠伸をする。やっぱり眠かったのか、腕を伸ばして土屋が背中をさすると南方は土屋の肩に頭を押し付けた。

 初めて会った頃はあんなにパーソナルスペースが広かったのに。これでも色んなものを預けられるようになったんだな、と思いつつ土屋は南方の頭を撫でた。いつもなら「年上に何を」とか言われるが今日だけは言わせない。そう決めたのだった。

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