16.ジョセフとハリの言うことには【Day16・窓越しの:月島+水面+森富】
『このヴァースの部分を録り直す感じ?』
「うん、あとブリッジの下ハモと、フックと、それとアドリブだね」
『ほぼ全部じゃん……俺だけ?』
「全員似たようなもんやで」
他のメンバーは毎日各々の仕事に向き合っている。今日も例外ではなくあるメンバーはテレビ番組の収録、あるメンバーは雑誌の撮影、そして
レコーディングブースに入った森富を、ブース外の機材前に座った月島と水面は窓越しに見つめる。現在再度レコーディングを行っている曲は、水面が一年程前に作詞をした楽曲で一応完パケしているものになる。ただ一年も寝かせてしまったがため、今の水面が持つイメージにそぐわない部分が出てきてしまい、できる範囲でやり直しをすることになったのだ。
今日はこの後、桐生永介の録り直しもある。桐生の方は一年前の音源を聴いた時点で「やり直したい」と渋い顔を浮かべていたため話は早かったが、森富は録り直す範囲を聞いてげんなりとしたように眉根を寄せていた。まあ気持ちは分かる、と月島は心の中で呟く。
「しっかしごめんな、みなもん。今日、侑太郎も亜樹もおらんで」
「全然問題なし。つっきーいるし、あの二人もぼくのイメージを優先してほしいって言ってたし。大丈夫でしょ」
「オレがわりと不安やねんな……」
『
比較的音楽にも強いこの事務所に練習生として五年もいて、『音楽的素養もそこまでない』というのは流石に卑下し過ぎではあるが──なかなかこういった自信は付きづらいのだろう。
「じゃあとみー、ヴァースの一行目と二行目から行こうか~」
『はぁい』
一旦レコーディングブースに繋がるマイクを消し、レコーディングが始まる。今回の曲は冒頭から森富の低音を響かせる構成だ。『read i Fine』では定番のような構成であるが、曲調がバラードなため逆に新しいかも知れない、とは土屋の談。バラードだと森富の声音は通常ブリッジやインタールードで用いられる。
「は~い、じゃあ一旦キープして、もうちょい囁く感じでいける?」
『やってみます』
「オッケー。じゃあ行きます~」
そして森富が二回目を歌い始める。先程よりもっと声をひそめて、少し泣きそうな雰囲気が醸し出される。二行目まで歌い切り、水面が月島の方を向いた。
「どうよ」
「今のが良いんやない? 後半の盛り上がりを考えると、こういう始まりのがカッコいい」
「だよね、ぼくもそう思った。とみー、今のでオッケーだから次フックやろ~」
『ありがとうございます。あ、フックのガイド聞きたい』
「了解やで。流すな」
そしてブースに響き渡るガイドボーカルの南方の声。しかし水面が首を傾げる、そして月島も「マジか」と漏らした。ガイドボーカルで歌い上げられた歌詞は、水面が訂正を入れる前のものだ。二箇所ほど歌詞が書き換わっている。
「『筆で塗る』のところを『手を染める』にして、『ただ混ぜて白く濁る』を『混ぜた白濁を光らせる』にしたんやっけ」
「うん、そうそう。どうしよっかな」
「あれならみなもん、森富に直接聴かせてやったらどうやろ?」
「え? ぼくの歌を?」
歌詞を書き換えた際にリズムをつけ直したのはガイドも務めた南方だが、その場には水面もいたはずだ。逆に言えば月島はその場にいなかった。そのため、今現在正しいフックのリズムを知っているのは水面だけということになる。
「自分の曲やろ。覚えてはるんやないですか?」
「言い方が京都~! ちょっとブース入るね」
「わ、水面くん」
ブースの扉を開け、水面が恐る恐る入る。レコーディングはもう慣れたものだが、『教える』ことを前提に入るとまた違った緊張感がある。月島はそれを窓越しに見ながら、買ってきていたアイスティーを一口すする。結露が手について鬱陶しい。
「さっすがみなもん。ちゃんと教えとるやん」
このグループでいちばん練習生期間が長い水面は、その分後輩の指導に当たった経験も多い。指導、と言えば唯一無二のダンスリーダーである
兄の日出より、色々な人に教えてきた経験が多いのである。だからこそ、彼を「怖い先輩」と称する人間も多いのだが。実際に月島も、当時の水面を怖がっていた人間のひとりである。
「ほんま人間って多面性の生き物やんな」
「ん? 何の話?」
「おかえりみなもん、太一、行けそう?」
「多分、何回かは練習しないといけないだろうけど、いけるでしょ」
やってみようか! と窓越し、マイク越しに水面は森富へ呼び掛ける。その声の力強さたるや、怖くても頼れる先輩として名を馳せていたのも理解できる。
「とみー、後半でちょっとリズム崩れるから注意して。もっかいやろうか」
『はい! お願いしますー』
「よっし、行ってみよ~!」
そして何度目か分からない音楽が流れる。この後、数回のトライでオッケーを貰った森富は勢いをつける。レコーディングに来た桐生に、このブースにいた全員が待ちぼうけを食らったのは良いことということにしておこう。
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