14.残光まとう羨望【Day14・さやかな:高梁+森富】

「なんかすごい声でしたけど、大丈夫でした?」

「う、うん……何でもなかったよ……」


 本当ですかあ、と高梁透たかはしとおるアレクサンドルは疑心たっぷりに問う。それに対して首をただ横に振るだけなのは森富太一もりとみたいちだ。どうしても先述の「なんかすごい声」の理由は言いたくないらしい。

 『read i Fineリーディファイン』の宿舎は現在、高梁と森富だけしかいない。先程までは南方侑太郎みなかたゆうたろうもいたのだが、ヤギリプロモーション本社の作業室にいる土屋亜樹つちやあきから呼び出されついさっき飛び出していった。その後を追う形でリビングに下りてきたのが森富なのだ。


「太一、それ良いですね」

「へ? それ? どれ?」

「これ、今着てる服ですよ。すごく良い、はなやか!」


 森富が現在着用しているのは半袖のフーディだ。色は薄い青、水色というほど明るくはないがぱっきりとした色合い、胸にプリントされた英字は黄色、これもぱっきりした色。

 こうしたはっきりとした色味は森富が得意とするところにある。最近はやりのくすみカラーやパステルだとどうしても顔の陰影が薄く、また顔色も悪く見えてしまうのだ。似合う似合う、とはしゃいでいた高梁だが、すんっ、と唐突に口を閉じた。似合うは似合うのだが、なんだろうこの既視感は。


「……ゆうくん着てたやつですか?」

「あー、うん、お下がり」

「さっきのすごい声もゆうくん絡みですね、だったら」

「な、なんでそう思うの」


 図星を言い当てられ、森富は分かりやすくたじろぐ。そんな彼の様子を見て、高梁はにやりと口角を上げた。


「それはですね、私もゆうくんと一緒の時はああいう感じになるからですよ!」

「わーい説得力が服着て座ってるー」

「どういう意味ですか?」

「サーシャの言葉にすごく説得力があったよ、って意味だよ」


 きょとんとした顔の高梁は純粋に意味が通じていない状態である。それをすぐさま理解し、言葉の意味を丁寧に説明する森富だ。高梁はなるほどと頷きつつも、それはそれでふくざつな気持ち、と顔を俯かせた。


「ゆうくんって、いじわるですよね。まったく……」

「まあ今回の件は俺もあんまり良くなかったっていうか、その……」

「太一、いいんですよ。ぜんぶあの人が悪いんです」

「うぅうん、時と場合によるかなあぁ……」


 悟り切った高梁の表情に、この人はどこまで侑太郎とやり合ったんだ、と森富は苦笑を浮かべる。

 南方と高梁、出会った当初は相性最悪だったが今では『ビジネス不仲』を公言するくらいには仲良くやっているメンバーである。南方が心を開いてからというものの、最初は嫌がっていた高梁のスキンシップに応えるようになり、現在では比較的べったりしているコンビのひとつになっていた。まあ『read i Fine』において、べったりしていないコンビの方が少ないのだが。


「いいえ、あの人が悪いんです。すぐ人のことをからかうし、思わせぶりだし、仲良しになったかと思えばそっとはなれていくんですよ? それなのに気分で近付いてきますし、どきどきで胸がぱーんってなりません?」

「ごめん、サーシャ。わりと分かるわその感覚……」


 森富が同意するのも無理はない、何故なら南方とのやり取りもそういった彼の性質が発端だったのだから。まあそれに関しては森富の感情が出過ぎた、というのもあるだろうが。


「ゆうくん、練習生の後輩と仲良いんだって」

「そうなんですか……浮気ですね」

「えっサーシャもそう思う?」

「思いますよー! 私というものがありながら、っていうやつですよね?」

「それ、マジでそれ」


 思わず前のめりになってしまう森富に、高梁は引くことなく同調して前傾姿勢になっている。かなり異様な光景だが止めたり、仲裁したりする人物はこの場にはいない。そう言っても南方の話を聞いたメンバーは全員「身から出た錆」と断じるだろうが。


「でも私からしてみたら太一もずるいですよ! 私、お下がりなんてもらったことないですよ!」

「それは単純に似合う服がないからじゃない……?」

「そんなことはないと思うんですが……、ゆうくん色んな服持ってますし……」


 桐生永介や佐々木水面の陰に隠れているが、実はかなりお洒落な方である南方侑太郎は結構な衣装持ちだ。だからこそ森富や、練習生の後輩たちに着なくなった服を『お下がり』として譲渡しているのだ。


「私もゆうくんにとって、何かの特別枠になれてるんでしょうか」

「それは……なれてるんじゃない? 『ビジネス不仲』枠はサーシャだけだし」

「まあたしかに。太一は弟枠ですねー」

「ゆうくんの弟枠は亜樹くんもそうだから特別なのか微妙なところだな……」


 どうしてこんな話に、と森富は遠い目をした。いや事の発端は自分と南方のやり取りな訳だが、そこから発展したのは高梁が的確に南方の性質を指摘してしまったからだ。話が盛り上がり過ぎたのである。


「それでも同じグループのメンバーっていうだけで、ゆうくんにとっては特別ですよ」

「そう、だね。そうありたいね」

「もちろん、私にとっても特別ですからね! 太一は私のゆいいつの弟なので!」

「う、うん、ありがと……苦しい……」


 高梁は森富を横から抱き締める。メンバー随一の力を持つ高梁なので、目一杯抱き締められたらそりゃ苦しいに決まっているのだが。

 まあたまには良いか、と。現時点で南方を超え、スキンシップ不得手トップに名乗りを上げている森富は、幼く見える兄の力を感じつつひっそりと笑んだ。

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