13.四角四面を削り取る【Day13・定規:月島+桐生】
宿舎で流しそうめんを急いで堪能し、今日の現場であるラジオ局へ赴いた
というのも今日出演するラジオは彼らの先輩であるヤギリプロモーション(株)所属『
「つっきー、わりと落ち着いてるなあ……」
「えっ、そんなことないで」
落ち着きなく水の入ったペットボトルを弄ぶ桐生は、前室で泰然と本を読んでいる月島に声を掛けた。邪魔するのもアレかと思ったが、自分の心を落ち着かせる方が先だと判断したためである。しかし月島も特に落ち着いている、という訳ではないようで。
「手塚先輩とはマジでバックついて以来やし、めっちゃ緊張しとるよ。手ぇ震えとるし」
「俺、バックにすらついたことないんだけど……」
「入社したタイミングにもよるからなあ。『2dot.』はバックダンサー選考も厳しいし」
「練習生時代の俺は到底そんなレベルに達してなかったなあ、マジで」
これは卑屈でも何でもなく事実だから、と桐生は気遣わしげな月島に断りを入れた。
桐生は練習生時代、ダンスがひたすらに苦手だった。通常練習生になるとデビュー組のバックダンサーとして研鑽を積むことになるのだが、桐生はそのラインに立つまで一年かかっているのである。
とはいえ、バックダンサーとして研鑽を積み始めて半年でデビュープロジェクトであるリアリティーショー『プロジェクト:再定義』への参加が決まったため、かなり期待されていたのは事実であるが。
「となるとやっぱりいちばん仲良いのはいっちゃんになるの?」
「『2dot.』先輩と? どうやろ、でも嵐山先輩に目ぇ掛けてもらっとったな。『夏嵐』でもそんなんやったし」
「『夏嵐』も確かにそんなんだったな……」
『2dot.』のリーダーである
その際にも異彩を放っていたのはやはりメインダンサー兼ダンスリーダーである
「そのタイミングなんか」
「なんか、あそこまで信頼されてるなら大丈夫だろうって思えたっていうか」
「すごい信頼感あるもんな、いっちゃん。他の現場でも大体あんな感じやで」
「そうなんだ?」
「『2dot.』のツアーとか、ほんますごかったんよ。今もすごいんやけど」
月島も含め、御堂より歴の長い練習生もいたが全体練習の音頭をとっていたのは常に御堂であった。普通ならそこに対して反発も生まれるだろうが、御堂が音頭をとっている際はそういった声がまったく上がらなかったのだ。理由は簡単、段違いでいちばんダンスが上手かったから。
「その頃のいっちゃん見てみたいなあ……、円盤漁ろうかな」
「言うたら教えてくれるんやない? どれに出てたとか。でも手塚先輩相手なら侑太郎やろ、仲良しなのは」
「あれ、そうなんだ。バックやってたとか?」
「手塚先輩はヤギリのインテリアイドルの金字塔やから」
「あー! なるほど!」
「あと亜樹と遠い親戚らしい」
「は⁉ マジで⁉」
「ほんまに死ぬほど遠い親戚らしい、葬式でも会わないくらいには」
葬式で会わないくらいの親戚、となるとほぼ血が繋がっていないのではないだろうか。逆にどうして親戚だと分かったのか謎なくらいだ。
「それはなあ、互いの親に面識があったからだぞ」
「うわっ手塚先輩⁉」
「お、お疲れ様です!」
前室の扉を少しだけ開けて、話題の人物だった手塚慎が顔を覗かせる。その姿に慌てて起立し挨拶をする月島と桐生。そのふたりに「座ってていいぞ」と声を掛けて、手塚はゆっくりと部屋に入る。
「すみません、本来なら自分たちが挨拶に出向くべきでしたのに……」
「ん? ああ構わないよ、というか俺の入り時間分からないだろ。不規則にしてるから」
失礼、と言って手塚は月島と桐生が並んで座っていたソファの向かいのソファに座った。
言葉遣いは堅いが顔は目が大きくリスを想起させるようないわゆる可愛い系である。『2dot.』ではビジュアルメンバーと謳われるだけはある、瞳に広がる宇宙と絹糸のように滑らかな髪はコミックから出てきた少女漫画のヒーローのようだった。
「四角四面な対応が苦手な時があるんだ。気分とか天候によるが、だから入り時間はバラバラにしている」
「勉強になります……」
「しなくていい、するな! 俺が君らのマネージャーに怒られる!」
桐生の頷きを必死に訂正する手塚だ。彼ほどベテランだからこそできるスケジューリングということもあるが、手塚自身この姿勢で周りに迷惑をかけているという自覚があるようだ。
「やるんなら、迷惑にならないようにやった方が良い。封筒に定規当てて宛名を書くみたいに、きっちりしなければいけないところはきっちりするんだ。でないと俺が『後輩に何教えた!』と怒られる羽目になる……」
「手塚先輩でも怒られるんやなあ」
「旬哉は怒ると怖いんだ。知ってるだろう」
それはとてもよく、と月島と桐生は大きく頷いた。
緊張感から一転、和やかなムードとなりもうすぐ開始時間となる。これも手塚先輩の手腕だろうか、自分もこういう風になれるものだろうかと桐生はほぼ初対面の先輩に尊敬の眼差しを向けたのだった。
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