12.そう呼ばないで・定型文【Day12・チョコミント:水面+土屋】
「……──はあっ⁉ 寝てた!」
「お、おはよう……みなもん……」
「ああ……亜樹だ……」
どうやらソファにいた人物、
今日の土屋は帰宅してから自室に閉じこもって作業をしていた、夕飯も食べていない。そしてここで『夕飯を食べていない』ということに気付いたのが良くなかった。急激に空腹感が脳を満たす。
「どした? お腹空いたの?」
「うん……、なんかあったっけ」
「なんかはあると思うけど、今食べるとお腹しんどくない……?」
「ううん、確かに……」
現在時刻は深夜一時過ぎ、明日の仕事は昼過ぎからとは言え体調は万全にしておきたいところだ。となると、普通の食事をとるのはよろしくない。
「あー、そうだ、アイスあるよ」
「アイス? 誰の?」
「ぼくの」
えっ、と土屋は驚きを飲み込んだ。
通常宿舎内の嗜好品──アイスやお菓子、ジュースといったものは個人で買って、パッケージに名前を書くという古典的な手法で管理されている。つまり、共用のアイスというものは存在せず、みんながバラエティパックを食べる時は基本『誰かからの差し入れ』という体だ。
そして、こういった『差し入れ』をあまりしないのが水面なのである。
「あのケチンボなみなもんが……正気……⁉」
「おい、流石のぼくでも暴れるぞ」
「暴れんでくれ……、鎮まりたまえ……」
「むふー……まあ一緒に食べよ、食べれるか分かんないけど」
「というと?」
水面は冷蔵庫まで歩いていき、冷凍室を開いて自分が買ってきたアイスのパッケージを見せる。あざやかなミントグリーンと濃いブラウンのパッケージ、分かりやすくチョコミントのアイスクリームだ。
「チョコミント好きなの? 初めて知ったんだけど」
「いや、好きという程でもないよ~」
「そうなの? じゃあなんで買ったんだ……」
「大学の同期に怒られたんだ~……」
怒られたから買う、という謎行動に土屋が頭を傾げていると水面が補足説明をしてくる。
「ミント系のお菓子に関して、それの愛好者が言われたくない言葉があるじゃん」
「……『歯磨き粉』とか?」
「それ。言ったらめっちゃ怒られたの、本当、死ぬかと思った」
死ぬかと思った、という程怒られるなんて人生でもそうない経験だろうに(俺らはそこそこあるけど、と土屋は思った)。
そんなこんなで水面は不用意な一言から同期に烈火の如く怒られ、その足でチョコミントのアイスを買いに行ったそうだ。偉いというか何というか。土屋はひっそりとその行動を尊敬した、怒られたら逆に反発しそうなものなのに。
「じゃあ実食~、いただきま~す」
「俺もいただきます」
一口、チョコレートの濃厚な甘さとミントのさっぱりとした後味が絶妙なコントラストを生み出している。普通に美味しいチョコミントのアイスである。土屋は瞠目した、いや、これちゃんと美味しいやつだ、今まで食べたなかでいちばんかも知れない。
「みなもん、これめっちゃ美味しいね」
「同期からこれを買えって言われたんだよね、めっっちゃ美味い」
「なんだっけ、えいちゃんがよく言ってるやつ」
「リピ決定?」
「そうだよ、それだよ」
うまーとふたり揃って唱和する。
夕飯を抜いたことで思わぬ出会いがあり、これだけで一曲書けそうだなと土屋が呟けば、隣に座っていた水面が噴き出す。
「こ、こんなことで……?」
「世界には音楽が溢れてる、っていうか、世の中は何でも『歌いたいこと』にできるんだよね。どんなに他人からくだらないって思われても、音に乗せて主張することができる。同期さんの『歯磨き粉味って言わないで!』っていう気持ちも歌になるよ」
「表現って感情の発露が由来だもんね~、そうか、なるほど……」
そう言って水面は少し俯いた。
水面は最近調子が良くないらしい。何か悩んでいることがあるらしく、それで塞ぎ込みがちになっている。メンバーも何で悩んでいるかはっきりと分かっておらず、それを深く訊くこともない。ただ悩んでいる、と認めて傍にいるだけだ。
「みなもんも曲作りするんだから、こういうこともっと気軽に歌っていいんじゃね?」
「気軽に曲を作れる天才がなんか言ってるよ……」
「別に最初から傑作を作れとは言ってないし、そもそもみなもんもセンスある方なんだから。じゃないとEPに入れたりしないって」
「作詞だけだけどね~」
十二月に発売される予定のEP盤に、水面が作詞をつとめた曲が収録される予定だ。曲自体は昨年より準備されており、またその曲の収録が決まってからも今度はトラックから作る曲作りに挑戦しているらしい。
「みなもんは根っからの表現者だから、もっと色んな方向から表現しても良いんじゃない?」
「なんか亜樹に言われると励まされるね~。流石天才」
「その呼び方は普通にやめてください」
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