11.鋼と炎のハルモニア【Day11・錬金術:日出+御堂】

「一は全、全は一……!」

「……それどういう意味?」

「ご飯と溶き卵は最初に混ぜておくとパラっとした炒飯が作れる、っていう意味」

「絶対に違わない?」


 宿舎のキッチンに御堂斎みどういつきが立っている。ちなみに今は炒飯を作ろうとしている訳ではない、むしろ夕飯も終わり食器洗いに勤しむ頃合いだ。

 今日の夕飯は同じ『read i Fineリーディファイン』のメンバーである佐々木水面ささきみなもが作ったカレーだった。寸胴になみなみと作られたカレーはさながら給食、もしくは何かの合宿を彷彿とさせる。しかしここで一点問題があった、単純に作り過ぎなのだ。


「毎日カレーでも俺は良いけど……」

「日出は良くても、良くない奴らがいるんだよ」

「ああ……」


 御堂の隣には、カレーの製作者である水面の双子の兄・日出ひのでが立っている。料理がそこまで得意でないため取り立てて戦力にはならないが、御堂は今日日出と喋りたい気分だったのである。


「亜樹とかは二日目のカレーが美味しいと知ってても絶対に文句を言ってくる」

「あいつめんどくさいよね」

「めんどい。あと『read i Fine』の一人っ子メンツは大体めんどいよ。日出も水面も案外めんどくさくないし、つっきーは意外にもめんどくさい」


 七人姉弟の四番目次男である日出と、三人兄弟の末っ子である御堂は互いに頷き合う。一人っ子であるメンバーは月島滉太つきしまこうた桐生永介きりゅうえいすけ高梁透たかはしとおるアレクサンドル──土屋亜樹つちやあきは一応きょうだいがいるのだが、少し事情がややこしいため一応一人っ子という括りにしているが、この四人は至極面倒臭い時がある。特に食事関連。


「二日目のカレーはカレーで残しておくとして、それ以外の料理も作っておかないと文句言われるからね」

「すいませんねえ、うちの弟が」

「次回からは作る量を考えていただきたい、と言いたいとこだけど、みなもんがカレーを作る意味を考えると非常に言い辛い」


 御堂の言葉に日出が口をつぐんだ。水面も日出と同じく料理が得意な方ではない、だが極稀に飴色玉ねぎをふんだんに使ったカレーを作るのだ。何故か、彼にとってカレーを作る時は何かに悩んでいる時だからだ。悩み過ぎないように他事をする、その他事がカレー作成なのだ。

 この事情を知っているメンバーは、水面が作った大量のカレーについてコメントすることを避ける。味についても特に発言せず(大体美味しいので何も言わなくて良い、という面もある)、全員で消費するのだ。ある種の儀式めいたルーティンである。


「という訳でカレーコロッケでも作ろうかな」

「今から?」

「今からはじゃがいもの下処理。本格的に作るのは明日だよ、今日はもう眠い」

「眠いなら全部明日にしなよ……」


 料理では戦力にならない日出ができることと言ったら、御堂の体を心配することくらいだ。御堂は「もーまんたい」と手を軽く振り、仕事帰りに買ってきたと思われるじゃがいもをごろごろと引っ張り出す。

 コロッケと言えば、肉屋さんやスーパーで安価に買えるお惣菜というイメージだが、意外にもその作り方は工程が多くて面倒臭い。ちなみに少し前に御堂がコロッケを作っているところに居合わせた日出だったが、そのやることの多さに眩暈がしたほどだった。己の無力さを痛感した、と言っても過言ではない。


「じゃがいもを~ふかして潰して、塩コショウ~」

「何ソング? 滅茶苦茶リズムに乗れない」

「もう今からやることを考えただけで萎えまくりだから、歌でも歌ってどうにか心の平静を保っている」

「そんなことまでしないと取り掛かれないのか……」


 作れるのと作りたいのは別だからね、と御堂は吐き捨てるように漏らす。

 それでもわざわざ作る選択肢をとったのは、以前作った時にメンバーが見せてくれた顔を思い出すからだ。特に日出の。


「……なに?」

「そこまでしないと取り掛かれない、けど、そこまでしても作りたいと思うんだよな」

「そうなの?」

「料る、というのは大体そういうものだよ」


 自分なりに美味しいものを作って、自分で食べて美味しいと再度認識する。それでも確かに満足感はあるけれど、その料理を誰かが食べて「美味しい」と言ってくれることの満足感には到底及ばない。逆に、同じものを作ったはずなのに、ひとりで食べている時とみんなで食べている時では味が違うこともある。

 質量保存の法則も、等価交換も無視して全然別物になってしまう。


「あちちちち!」

「熱そっ」

「熱いよお……、ふざけんなよマジで」


 ふかしたじゃがいもをボウルに移し、マッシュをする。その時の御堂には若干の殺意がこもっていた。流れるような手際に、日出が目を輝かせる。


「いっちゃんはすごいなあ。美味しいもの、いっぱい作れるもんね」

「なんかそれ、めっちゃちっちゃい子の発言っぽい」


 少なくとも二歳年上の同性の発言とは思えなかった。御堂はくすりと笑い、程良いところまでじゃがいものを潰す。どうせ熱いままでは形も作れないので、このまま冷蔵庫で一晩寝かして明日カレーを混ぜる。


「二日目のカレーも楽しみだけど、カレーコロッケも楽しみだな」

「お、楽しみにされたら頑張らなきゃですね」

「あっプレッシャーかけちゃった……?」

「最近ね、期待とプレッシャーがちょっと違うということに気付いたんだよ。大人になったんだ」


 いっちゃんはずっと大人だよ、と日出が呟く。

 そうでもないんだけどなあ、と御堂は思いつつ曖昧に頷いて冷蔵庫を開けた。

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