9.生まれて初めての黄緑【Day9・ぱちぱち:日出+森富】

「あばばばば」

「わー⁉ のでさんが壊れたー⁉」


 いくらグループで活動しているとは言え、個人仕事が増えてきたらメンバーと休みの日が重なることも珍しくなる。本日は偶然にも佐々木日出ささきひので森富太一もりとみたいちがオフであり、森富が誘う形で外に出てきたのだ。やってきた先は某アイスクリームショップ、ふたり揃ってスモールのシングルを頼んで店内で喫していた最中のことだった。


「ごめんごめん……のでさんそういや炭酸あんまりだったね」

「未だに口の中がびっくりしてる、どうしてくれるんだ」

「時間が解決してくれるから容赦願いたい」


 日出が壊れたのは、森富が頼んだフレーバーを一口貰ったことが原因である。黄緑色と白のフレーバー、中にはカラフルなぱちぱちキャンディーが入っている人気のフレーバーだ。このぱちぱち感がクセになる商品なのだが、食べた日出は炭酸飲料などあまり得意ではない部類の人間なのである。


「やっぱり生きてきた経験上の行動を覆さない方が良い。ラブポーション31一択だよ」

「前の言葉だけ聞いた人は、まさかアイスの味を選ぶ際の言葉とは思わないだろうね……」

「甘味と酸味のバランスが丁度良くて好きなんだ」

「チョコレートには甘酸っぱいフルーツが合うからね。パッションフルーツとか、ベリー系とか。でも流石に置きに行き過ぎじゃない?」

「変な冒険心で傷を負っては元も子もないだろ。現に、今の俺」

「これを傷と言うのか」


 ぱちぱちキャンディーに口腔を侵されたことを傷と言うのならば、箪笥の角に小指をぶつけたことは最早欠損レベルだ。あれは一瞬小指を失ったかと思うくらい痛いし。

 しかし、良かった、と森富はほっとしていた。今日彼が日出を連れ出したのは、昨日の様子がおかしかったことに起因する。

 昨日の日出は、同じグループである高梁透たかはしとおるアレクサンドルにかなりよそよそしい態度を取っていた。よそよそしいだけなら、気まぐれ屋の日出のことだからそういうブーム、もといムーブなのだろうと予想もできるのだけど、昨日の場合だと他のメンバーにも『そういう振る舞い』が伝播していっていたので流石に変だとみんな思っていたのだ。

 そこで白羽の矢が立ったのが森富だ。どうせオフなんだから気分転換に外でも出て、あと何があったのかこっそり聞いてこい、とメンバーのお兄様方々に命を受けたのである。そして今に至るという訳だ。


「……太一、なんか妙に険しい顔してるけど」

「昨日ののでさんほどじゃないと思いたい」

「あー……、そんなに険しかった? 険しい自覚はあったけども」

「なんかあった?」


 できる限り自然体に訊くことを意識する。いや『意識』している時点でまったく自然ではないのだが。目の前にいる佐々木日出という男は、グループ随一の演技力を誇り、その分他人への観察眼の精度も高い。森富は何となく、後ろに他のメンバーの影があると悟られたくない、と思っていた。全員に対する配慮というか、自身の気持ちの問題である。


「太一はこういうこと言っても笑わない、と信用してるから言うけど」

「なるべく努力はします……」

「他のメンバーに言ったらお前がどうなるのか俺は保証ができないけど」

「それはのでさんじゃない人が俺を懲らしめに来るっていうこと? どういうこと?」

「昨日昼寝してたら、透にちゅーされたんだよ」

「ええええ⁉」


 あ、おでこにね、と付け足しで言われて森富は思わず転びかけた。転ぶというより、コケる、か。かなり喜劇的なアクションになってしまっている。


「でこちゅー……? どんな少女漫画のヒーローなのあの人……?」

「俺もただ寝てただけだからどういう意図でされたのかまったく分かんなくて……、メンバーと色恋でいざこざしたくねえやい」

「その発想は飛躍しすぎだと思うけど。でこちゅーイコール色恋ってどういう価値観よ」

「マウストゥマウスだったら責任取らないといけないどうのこうの」

「いやいや、そもそもの話、透くんの出身地を考えてよ」

「あ」


 ここでようやく気付いたか、日出は口をあんぐり開けて固まった。

 高梁透アレクサンドルは、名前からも察する通り日本以外の血が入っている。というか日本の血は四分の一だけ、四分の三はロシアの血でしかも生まれも育ちもロシア本国だ。経歴だけ見れば、立派な外国人なのである。


「俺らに比べればよっぽどちゅーもぎゅーも挨拶程度だよ、あの人」

「……責任取らせなくて良い?」

「でこちゅーで責任取らせられるのは流石に可哀想だろ……、同じメンバー相手だし」


 その基準で語られると、高梁はその内グループ全員の責任を取らざるを得なくなるのではないだろうか。既に何回か身に覚えのある森富だ。高梁と友達になると、付き合っていると錯覚してしまうとはメンバーの談である。


「まあでもあいつ、確かに普通に手繋いでくるし、ハグで大衆から姿隠そうとしてくるし、壁ドンも日頃からしてくるから、いちいちでこちゅーされたくらいでぎくしゃくするのも変な話か」

「すっかり俺らも馴らされたよね、サーシャのいちゃつきに」

「俺としては南方がすんなり受け入れていることに、未だに若干ビビるんだよね。あんなにスキンシップ断固反対してたのに」


 慣れってすごいな、と呟く日出。そんな彼の目の前で、でもこの人はでこちゅーにどぎまぎしてたんだな、と思う森富。なんでだろう、四つも年上なのにいやに可愛く見えてくる。


「もしさ、もしだよ」

「うん」

「俺がサーシャみたいなことをのでさんにしたら……」

「そりゃ責任取って一生養ってもらう」

「負荷が重すぎる。なんでもないです、ごめんなさい」

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