7.ちゃんとお返ししていきます。【Day7・ラブレター:御堂】

「さてと」


 (株)ヤギリプロモーション本社の作業室を貸し切り、御堂斎みどういつきは腕をまくって机の上に出した便箋とペンに向き合った。ペンは御堂がいちばん書きやすい0.38ミリのボールペン、黒だ。それを左手に持ち、宛名から書いていく。

 よく見ると机の便箋にはまっさらなものと、御堂斎宛に送られてきたものと二種類あった。

 送られてきた手紙に目を通しながら、御堂は本文を書き進める。

 今日彼は、ファンレターの返事を書いているのだ。

 通常アイドルはファンレターの返事を書くことはあまりない。本人のスケジュールの多忙さもあるし、送られてくる量も桁違いなので『返事を書く』ということは現実的なことではないのだ。

 しかしヤギリのアイドルは、なるべく返事を書くように努めている。練習生時代にそういう教育を受けていた。アイドルとはファンあってのこそ、ファンから貰える肉声にはなるべく直接返すということをヤギリでは重きに置いている。もちろん、中には地雷と化しているファンもいるため、マネージメントの検閲を通らないとそもそも手紙すら読めないのだが。


「あっ、『うーさん』また書いてきてくれてる」


 既に読んだはずなのにしばらく経つと内容が記憶から消えているのは、記憶力の衰えなのか多忙故に読んでいるつもりで読めていないのか。ちなみに『うーさん』とはデビューの時からの御堂斎のファンである男性である。いつも季節に合わせた便箋で、達筆で手紙を書いてくれるのだ。


「この人は初めて書いてきてくれたのか……、中学生くらいかな……」


 またひとり読み、便箋を埋めていく。文章を書くと際限なくなってしまう御堂だから、返事は便箋一枚までと制約があった。


「この人は前も読んだ気がする。就活始まった、みたいな人だったよね」


 第一志望に内定が決まった、という内容だった。前回は確か新年早々に送ってきてくれて、今年就活で先が真っ暗で見通しが立たない、卒業研究もあるし物理的に時間が足りない、時間の活用方法を教えてほしい、という内容だったはず。


「なんて返したかな、返せることなかった気がするんだけど」


 アイドルのスケジューリングなんて真似するものではない。物理的な許容量に収まらない仕事量をこなす我々のように動くと、その動きに慣れる前に体を壊してしまう。だから、参考にしないように、ということを書いたのだった。


「あなたが頑張ったんですよ、と書いておこう……実際僕らは何もしてない訳だし」


 自分たちができることは、日々与えられた仕事を一生懸命こなして、その上でパフォーマンスに全身全霊をかけること。前回より上がった期待値を更に上回る曲を出すこと。“&YOUエンジュー”のみんなが笑って過ごせるように、元気に活動すること。それくらいだ。

 そのことであなたが前向きになれたら良かったし、あなたのそういう報告を受けて自分もかなり元気になった。来年から社会人で、また今とは想像もつかない苦難があるかも知れないがその時も自分たちが支えになれるよう、更にパワーアップして活動するからどうか安心していてほしい。くれぐれも無理をして、体や心を壊さないように。そう書き綴って、御堂はひとまず封筒に入れる。

 封筒に入れた後は、再度マネージメントに内容を確認してもらい不適切な語句、表現、未解禁の情報に触れていないかを確認してもらい、そうしてようやく返事を出すことができる。

 大変手間のかかった作業だ。人員も時間も割く、だからといってファンはずっとファンでいてくれる訳ではない。それでも会社がこの行為を推奨するのは、ひとえに人と人との縁を大事にするためだ。いつか何かの役に立つから、という損得勘定を度外視にして、人格形成のためにこういう行いを続けていくのだ。


「ん、よし、できた。ひとり微妙な人がいたから、これはプロデューサーに訊こう」


 御堂の元に届いた手紙で検閲を通り抜けたものは三十七通、これは今週の分量だ。そのうち、読み返していて返事を書かない方が良いのではと疑ったものが一通。感想や感謝に見えて、内容のほぼほぼが『自分だったらこうしてほしい』という恣意的な意見に塗れていた。

 善意を装った悪意。残念だがこういったものが、稀に混在することがあるのだ。


「御堂さん、すみません、そろそろ時間です。次の現場に、」

「あっ、はい、すみません。もう終わってるので」


 マネージャーが作業室の扉を開け、御堂をひっそりと呼ぶ。御堂は封の開いた返事を科袋に入れマネージャーに渡し、貰った手紙は──一通を除いて──自分の鞄に仕舞い込む。除かれた一通は先述の、恣意に塗れた手紙である。


「これ、読み返したら内容がちょっと微妙だったので、プロデューサーに指示を仰いでくれませんか?」

「あ、承知しました。プロデューサーにお伝えいたします」


 お預かりしますね、とマネージャーはその手紙を受け取って自身の鞄に入っていたクリアファイルに入れた。

 そしてふたりは歩き出す。社用駐車場に停めてある車で移動し、これからは番組の収録がある。しかも三本撮りだ。あまり無駄口を叩いている時間はないし、体力を消耗している場合ではない。しかし、行き合ってしまった悪意に少し、気持ちが削れた。


「……車乗ったらちょっと寝ても良いですか」

「もちろん。こちらの不手際で、下手なものを読ませてしまって」

「や、それは、いいんですけど。良い意見だけ常に見てる訳でもないですし、でもなんか、書き文字って独特の圧があるので」

「SNSとはまた違うんですよね、人の書いたものって」


 あの文字にも書いた人がいて、その親がいて、友達やもしかしたら恋人がいる。そしてその人は次のライブでにこにことピンクのペンライトを振っている可能性があるのだ。


「全部背負ってこそ、ですね」


 無敵に笑って、不敵に振る舞う。それがアイドルなのだと、身に染みた出来事だった。

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