5.真逆を行く罪な甘さ【Day5・琥珀糖:御堂+桐生】

 桐生永介きりゅうえいすけが目覚めて階下に降りると、ふわっと甘い匂いが漂った。

 たまに朝、パンケーキやフレンチトーストを焼いていることがあるが、そういった甘さとは異なる、もっと不純物のない甘さ、というべきだろうか。目を擦ってダイニングへ足を踏み入れると、大きなダイニングテーブルはひとりの人間によって占拠されていた。

 その人物とは──クーラーがついているのにも関わらず額に汗をかき、Tシャツとエプロン、そしてオフの時にしかかけていない眼鏡というシンプルな出で立ちの御堂斎みどういつきである。


「あ。おはよ、えいちゃん」

「いっちゃん……朝っぱらからどうした?」

「昼過ぎから夜まで仕事だからやるなら今しかないな、と思ってお菓子を作ってた」

「バイタリティ半端ねえ⁉」


 現在時刻は午前八時、桐生は決して寝坊をした訳ではないが御堂は恐らく一時間以上前からこれの製菓に当たっていたということだ。桐生も料理は得意な方だったが甘いものに興味がない性質なので製菓はしたことがなく、また早起きしてまで料理をしようという心持ちになったこともない。


「俺、『やるなら今しか』とか思いながらお菓子作ろうとする根性はないなあ、流石に」

「三日後用だからなんだけどね。ほら僕、明日と明後日は朝からロケじゃん、夜には帰ってこれるけど他にやることもあるし」

「……いっちゃん三日後に何があるんだっけ」

「ちかっちとゲーム配信」

「な、なるほど……」


 ちかっち、もとい、久野親治くのちかじとはヤギリプロモーション所属五人組男性アイドルグループ『Nbエヌビー』のメンバーのひとりである。『read i Fineリーディファイン』では御堂、南方と同い年であり、御堂とは同期という間柄だ。ヤギリ屈指の歌唱メンバーでもあり、ゲーム好きということもあってヤギリで唯一ゲーム実況用の個人チャンネルの開設が許されたアイドルでもある。

 桐生がこのことに対し少々歯切れが悪いのは、端的に久野という男に対する感情によるものだ。桐生も久野と同様、ヤギリ屈指の歌唱メンバーと呼ばれているが、ふたりの因縁はそれより前のことである。


「お前、ちかっちにまだ謝られてないの? 『歌だけ上手い奴』って言われたこと」

「いや! 謝られた、謝られたけど、」

「けど?」


 御堂が促す。御堂はふたりの因縁が発生した瞬間に居合わせた唯一の人物だ。


「謝られるのに値するのかなあ、って未だに思ってるというか」

「……あの時のちかっちの発言は、僕ですら失礼だと思ったんだから謝って当然だと思う」


 御堂は淡々と説く。もう三年前の話になる、『read i Fine』は結成したばかりでチームワークも個々の実力もちぐはぐで、特にその差が激しかったメンバーのひとりが桐生だった。

 桐生は歌こそデビューレベルだったが、歌以外は見られるレベルにもなく血の滲む努力を重ねていたのだ。そんな時に現れたのが久野であり、その久野が桐生に言い放ったのが先ほどの言葉──「歌だけ上手い奴じゃん」と。


「ちかっちの基準でなにかひとつが秀でてる、と指摘することは良い意味で稀だけど、あんな言い方されたら心折れるよねって僕は思う。だから僕はちかっちに説教したし、『謝りたければお前から謝れ』と言った訳だし」

「あの節は本当にお世話になりました……!」

「デビューしてる入社日も先の年上に、あそこで真っ当に立ち向かえる人間なんていないんじゃない? しょうがないよ。あと謝ったとするなら僕の差し金じゃなくて、久野の中にある礼儀だから。そこも勘違いしないように」


 言いつつ御堂は机の上を片付け始める。出来上がったお菓子は琥珀糖だ、色とりどりという言葉が相応しいほど鮮やかで、形も宝石のように不揃いになっている。御堂はそれをタッパーへむしろ乱雑に入れていく。

 量が多くないか、と思った桐生だったがすかさず御堂から「マステに『うちの』って書いとく方は食べてもいいやつだからね。だめな方は『食うな』って書いとくから」と注釈が入った。それなら納得である。


「でもなんで琥珀糖?」

「ちかっちが好きなんだよ。あいつ意外と金平糖とか、落雁とか、『THE 砂糖』みたいなもの好きなんだよね。和菓子のが好きっていうのももちろんあるけど」

「そういや謝罪された時も大福もらった気がする……」

「豆大福じゃなかった?」

「そう! 豆大福と草餅!」

「謝礼品は知り合った時から少なくとも三年前まで変わってないんだな、あいつ」


 けたけたと笑う御堂は嬉しそうで、その横顔に何となく桐生はもやっとした。嫌だという訳ではない、羨ましいということでもない。何だろう、と思いつつ気付けば御堂の頬を人差し指で突っついていた。


「……なんですのん?」

「えーと、……片付け手伝います」

「あ、そう? なら掃除機取ってきて。粉が床に飛んでしまっとるもんで」

「分かった」


 共用の掃除道具入れまで桐生が往復している間に、どうしてもやっとしたのかが何となく理解できた。今の御堂の言い方、あの距離感こそが純然とした対友達のもので、自分たちのようなメンバー兼友人とは異なるのだと。自分たちは御堂の一面しか見ておらず、それは久野も変わりないけれど、それでもその一面が見えていることに妬んだのだ。

 何というか、何というかっていう話だ。


「なんか、久野くんとゆうくんってあんま仲良くないんだっけ」

「うん。普通に友達じゃないね、あいつらは」

「その気持ちなんかよく分かっちゃった気がするな……」

「マジか」


 恐らくいっちゃんには一生理解ができない類のだけど、と桐生は心の中でこっそり呟いた。メンバー内でも分かりやすく御堂斎に好意と大きな感情を向けている南方侑太郎みなかたゆうたろうが、自分が向けられている感情とはまた違った感情を受け取っている久野を容認できないのだろう。


「罪な男め」

「え、僕のこと?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る