3.地獄のみの選択【Day3・飛ぶ:高梁+水面】

「……あのさ~、今日って他のメンバーのスケジュール覚えてる?」

日出ひのでくんと永介えいすけくんがペットショップにいる、というのは知ってますよ?」

「だよね~……問題はぼくらとの差よ、差」


 差? と首を傾げる高梁透たかはしとおるアレクサンドルに、佐々木水面ささきみなもは「こいつマジか」と言わんばかりの視線を向ける。関東某所の川の近く、つまりは山奥。ロケがあると朝六時入りで訪れたここは、果たして六時入りに値するほどの撮れ高を得られるかというところだ。


「撮れ高ならばっちりですよ! 今日はバンジージャンプですし!」

「ああああ言うなもう! つか逆なの! 仮にバンジージャンプで思ったほどの撮れ高なかった方が地獄じゃん⁉」

「大丈夫ですよ? 水面くんですから!」

「お前はバラエティの時のぼくに過度な期待をかけ過ぎだ……」


 本日、高梁と水面はある朝の情報番組の、あるコーナーのためにここへ訪れていた。

 そのコーナーとは情報番組にレギュラー出演している芸人さんがメインとなり、各地(とは言え主に関東だが)のレクリエーション施設を体験したり、ご当地グルメを食べたりするものである。その際によくゲストでアイドルが出演する。かくいう『read i Fineリーディファイン』も全員出演したことがあり、特に水面はオファー率が高かった。

 高い理由は、今日のロケ内容で察してほしい。


「ぼくなら汚れ仕事でも良いってことかよ⁉」

「水面くんならきちんとやってくれる、という信頼ゆえのオファーだと思いますよ」

「それはそれで複雑だけども~……」


 水面は生来真面目な性分だ。というより、期待をかけられた以上は応えないといけない、と考えがちなのである。それ故多少融通の利かない部分はあるが、こういったリアクションを求められる仕事での打率はかなり良い。最早彼さえいればこういった現場は問題なし、と評価されるくらいだ。本人的にはかなり不本意だが。


「一応こういうのって、ちゃんと嫌がってる人が飛ぶ、っていうことに意義があるからさ……。だからぼくは滅茶苦茶嫌がる、本当に嫌だし、本当に嫌ですってところ見せるの。それが最後飛んだ時のカタルシスに繋がるから」

「勉強になります……!」

「お前は勉強しなくていいの! てかなんで今日サーシャなの? こういう仕事引き受けなくてもいいっていうのがメンバーの総意なんだけど?」

「あ、遊びで来たわけじゃないですよ⁉」

「当然だろ。仕事でしょ。ぼくなら遊びでこんなとこ来たくない」


 本当に嫌そうに、歯ぎしりすらしてみせる水面へ高梁がくふくふと笑う。何が面白いのやら、別に和ませてやろうと思った訳でもない本心からの行動なのに。


「お茶の間の人気は大事ですよ」

「ええ、それはそうだろうよ。だからぼくらもバラエティに出る訳だし」

「全員でバラエティに出たときに、『あの子はどういう子だろう』と思われないグループの方がいいじゃないですか」

「あ~……それは、一理あるかも……」

「今日は私のミステリアスなパートを解放する日なのです」

「まあ言っても、お前も大概どっきり企画で話題になってますけどね~……」


 高梁が言いたいのは、つまるところ全員で出演する機会があった時にお茶の間のみなさんから、全員のキャラクター性を把握されていた方が良い、ということだ。興味や愛着は理解から来るのである。何か分からないものを好きだとは言えないように、どういう人間性か分からないのでは好きになってもらいようがない。

 そのハードルを超えるためのバラエティ出演が大事である、と高梁は言いたいのである。

 まあ水面が先ほども言った通り、高梁は他局のどっきり企画でその『異常性』がかなり話題になってしまっているから、わざわざバンジーなんて飛ばなくてもいいはずなのだが。

 そんなこんなで撮影開始時刻になっていた。

 バンジーの紹介、そして誰から飛ぶかで一悶着する茶番劇、どうせなら『懺悔したいこと』でも叫びながら飛ぼう、心を清めよう、と余計な一幕(撮れ高への保険なので必要だ)がありいよいよ実際に飛ぶタイミングとなった。

 水面は顔を真っ青にし、到底アイドルとは思えない嫌悪感だだ漏れの表情を浮かべている。その表情にツッコむコーナーMCの芸人さん方、ツッコミへの粗暴な煽りに笑い出すスタッフ陣。その一連の流れを見て高梁は、すごいなあ、と思うのだ。

 水面への信頼がなければこんなことはできない、彼は不本意だろうが今まで真面目に取り組んできた成果がここに出ているのだろう。


「懺悔したいこと、って飛ぶときに叫べばいいんですよね……」

「そうやな、そのタイミングで叫ぶんやで」

「しっかり心を清めるんやで水面くん!」

「ぼくの心は元々清、あ、もうカウントダウン⁉ えっと、ええっと、えーっと、」


 さーん、にーぃ、いちーぃ、とカウントをされバンジー施設のスタッフに背中を押さえれて水面は急転直下落ちていく。もちろん、懺悔を大きな声に乗せて。


「だんまりしてたけど亜樹あきが履いてこうとして探してたデニム、あれぼくが履いてましたあぁあああ!!!」

「だんまりしてたんかい」

「心が元々清い、は確実な嘘だと分かったな」


 散々な言われようである。高梁はそれにメンバーとしてフォローするか、貶すか考え、最終的に「私もカーディガンを借りパクされたことありますよ」と更なる罪状を吐くことで場を盛り上げた。

 戻ってきた水面に「あれはくれるって言わなかった⁉」と詰められたが、そんな事実はまったくないので高梁はきょとん顔で乗り切る。さて今日も良い仕事ができた気がする、尚、高梁のバンジージャンプはまったく怖がっていなかったためOA時、かなり尺的には短かったそうだ。バラエティとは難しいものである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る