2.ぼちぼちとクッキー【Day2・喫茶店:日出】
チェーンのカフェが立ち並ぶ大通りを一本中に入り、車一台程度の道幅しかないくせに一方通行ではない、難儀な道沿いにその喫茶店は存在する。
ちなみに今日は三回目である、三回目とは言え顔馴染みには程遠いだろう。普通に人気店だし。そもそも顔を覚えられても、ちょっと困ってしまう。
「お好きな席どうぞ」
店に入るや否や、カウンターの向こうでクリームソーダの仕上げに入っている店主からそう呼び掛けられる。日出が座ったのは、入口とは逆方向、窓際のボックス席。四人掛けなので混雑時にはひとりでの利用を遠慮してほしい旨のポップが立てられているが、日出が訪れる日は何故かいつも空いていたため何かを言われたためしはない。
人気店なのはそうなのだが、やっぱり平日の昼一時過ぎだと丁度客足が遠のく頃合いなのか。
「はい、ご注文は」
「アメリカンのあったかいのと、ホットサンドで」
「からしは?」
「入れて大丈夫です」
注文を聞きにきた妙齢の女性は「はいよ」と呟いて、カウンターの方へ戻っていった。
この店は先ほどカウンターにいた店主と、注文を聞きにきた妙齢の女性しか従業員がいないようだ。ホールと厨房の境界も曖昧、そもそもこのふたりの関係性も見えてこない。ただならぬ仲──なんて邪推はこの辺にしておいて、日出は持ってきたトートバックよりA4のファイルを取り出した。中に入っているのは、次出るCDの歌詞もとい歌割シートである。
「……うぇ、なんかラップのパート増えてる……」
一曲目、二曲目と確認していくと、今までの歌割と今回の歌割で大分パートが愉快な感じになっていることに気付いた。
日出のグループ内パートは『リードボーカル』と『サブラッパー』、つまり曲の歌い出しやキーリングポイントを任される立場でありながら、ラップも補佐をするという役割だ。デビューしてから一年は、「『
しかし二年目からは様子が変わってきた。そもそもメインラッパーとは言え(
「できると分かってるならやってみたくなるもの」とは南方の言。「全員のポテンシャルを百二十パーセント引き出す曲を作っていく」、そんな
「……難儀だ」
月島の言うことが分からない日出ではない。男性アイドル群雄割拠の時代、もしくは男性アイドル戦国時代、そんな時勢でただ大きな事務所からデビューした実力派が生き残っていける訳ないのだ。
自分たちの強みは、『常に新しい自分たちを更新し続けること』。これほどなく茨の道だけど、九人で歩いていくと決めた。前回の成績が良かったから、今回も負けないように楽曲製作隊──月島、南方、土屋は相当無理をしたと聞いている。
無理はしないでほしいけど、そうでもしないとやっていけない。構造の歪さを垣間見た、その歪さに憧れを抱いている自分もちゃんと見えた。
「はいよー、アメリカンとホットサンド」
「お、すいません」
気付けば頼んでいた料理が到着し、日出はがさがさと机の上を片付ける。本当は社外に持ち出すことも危ぶまれる機密資料だ、持っていっていいと言われたのはひとえに日出の機密管理能力が高いため。すなわち信頼である。
「あとこれはお兄さんにおまけ」
勝手に心が重たくなっていると、妙齢の女性から透明なビニール袋に包まれたクッキーを置かれる。これも商品だ、店先に売っているのを見たことがある。
「アレルギーとかないね?」
「あ、はい、特には」
「まあ、ぼちぼちね」
決して「がんばれ」とは言わずに、その女性はカウンターの中に戻っていった。もしかするとこういう職業柄、色んな人を見てきたのかも知れない。日出のように仕事や、学業での作業をするために立ち寄った人間も沢山いただろう。
自分は余程思い詰めた顔をしていたのだろうか、そう考えると顔から火が出るほど恥ずかしい。アイドルの恥さらしだ、向こうがアイドルだと知っていなくても公衆の場でそんな顔をさらすべきではない。
「明日のことを考えるか……、ああ、明日って永介と撮影か」
気を取り直して社用スマートフォンをいじり、スケジューラーを出す。明日の仕事はメンバーの桐生永介とペットショップで撮影がある。何故ペットショップなのか、そこら辺は企画の趣旨説明が現場であるから大丈夫だろう。
「……永介もクッキー食べるかな」
甘いものを食べるイメージがない、年下のメンバーのことを思い出しながら日出はクッキーをまじまじと見る。バターのみのシンプルなクッキー。こういうのは御堂斎がよく作っている印象がある。
お土産にするかは一旦置いといて、日出は冷めかけてしまったホットサンドを頬張った。
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