第2話

トヴィアス学園は王都の外れにある。学園には特殊な結界が施されているため、王城の次に安全と評される場所である。学園はいわゆる治外法権地帯で王国のルールは適応されない。というか、どこの国の法律も適応されないのだ。学園で起こった出来事はすべて学園にあるルールによって裁かれる。故に、この学園は一つの国であるという人間も存在する。ある意味間違ってはいない。学園の設備と学園長がいればおそらく一国と戦争することは可能だからである。それだけの叡智と人材がここには揃っており、魔法を学ぶ意欲のある人間であれば平民でも受け入れている。ただ、基本的には貴族が経済や政治、魔法を学ぶ場所なので平民の数は少ない。割合は貴族8割、平民2割といったところ。


そして、学園では現在社交会が開かれていた。名目は隣国の王子の歓迎会となっている。学園内部では原則生徒は平等であると言われているのだが、現実問題そんなことはない。裏では貴族同士の小競り合いが起こっているし、学園内での人間関係は外に出ても継続されるため、社交会では若い貴族たちの暗闘が起こる。


それをわかっているから俺は社交会が嫌いだ。毎回、アイセアの騎士として参加するため、注目度がえぐい。


「なんて美しい絹のような髪なんだ!」

「あの美しく澄んだ瞳に吸い込まれそうだわ!」

「相変わらずいい覇気を纏っておられる」

「アルマントとの外交は殿下の功績なんだとか」

「優秀な王族がいると国も安泰ですな」




「あれが噂の王女の騎士か」

「4年前のデオトールでの功績は凄まじいものでしたからな」

「クッ、伯爵風情が」

「武勇も功績もあの年にして良いものを持っておられる。並び立てる者はわずかでしょう」

「王女の騎士というのも納得です」



「だがよくない噂も耳にするな」

「捕虜同士で殺し合わせただとか」

「味方ごと敵を葬り去っただとか」

「例のウィスパー侯爵の件は彼が関わっているのだとか」

「3年前の件もある。信用はできまい」


ひそひそと貴族たちの密談が歓迎の空気に漂って広がる。しかし、すぐに話題が切り替わった。ノーランの第三王子が入ってきたからだ。


「あれがノーランの」

「何故この時期に」

「しかしお近づきになっておいて損はあるまい」

「学園内の社交会だしな」


ロバートに対する周囲の反応は様子見が多い。現段階で、判断するには情報が足りないからだろう。


「—————本日はお集まりいただきありがとうございます」


為政者たる器を見せつけるように巧みな技術で、挨拶中の自分に視線を集めるアイセア。会場にいた貴族たちの視線が一気にアイセアに集まる。誰もが集中して彼女の一挙動を見逃すまいとしている。この光景は魅了を抜いても変わらないだろう。それだけ、人を引き付ける声をしているからだ。


「僭越ながら些細な美食などご用意致しましたのでどうかごゆるりと楽しんで行ってください。ロバート王子もぜひ楽しんでいただけると幸いです」


3分程のアイセアの挨拶が終わる。終わると同時に拍手が起こり貴族達が挨拶を交わそうと余計に前のめりになった。


俺は絡まれるのがめんどくさいのでアイセアのことを視認できるぎりぎりの距離を保ち、壁の方へと逃げる。「男避けが何逃げてるんだこの野郎」みたいな視線を感じたが、そこまで優しくして挙げる義理がない。それに、俺が目立っているのは大抵はアイセアのせいなので、自業自得だ。


壁際で食事を取ろうと、ビュッフェのテーブルに向かうと先客がいた。


桜のような色の髪に金色の美しい瞳を持ち、大きな双丘を抱えた美少女が巧みに盛り付けらた料理を食べていた。


アイセアの方にも王子の方にあいさつに行かずここで食事をとっているとはかなり変だ。有力者とお近づきになるのは貴族にとっての仕事みたいなものだ。自分のこれからの将来を決めることになるかもしれない重要な仕事だ。俺のような例外は少ないだろう。


彼女は俺に気付いたようで、一瞬目を丸くした後に皿を置き興味深げに近づいて来た。


「少し時間いいかな?」


「ええもちろん。貴方のような女性とならば時間が無くともつくって参ります」


「これはまたお上手で」


少女はからからと笑った。


「私はミスト・カインズと申します。一つ質問宜しいでしょうか?」


思わぬところで原作キャラと邂逅してしまった。彼女はカインズ侯爵家の次女だ。原作では第二章から主人公の仲間に加わる人物だ。優秀なのだが、警戒心が強くなかなか人を信用しない。第四章になるまで主人公に気を許していなかったほどだ。なるほど、納得だ。ミストならあの中に突っ込もうとは思わないだろう。貴族という立場を放り出して逃げたいとさえ思っているのだ。


「何なりと」


「まず、貴方はアイセア王女殿下の騎士、ヴィレム・マーキアでよろしいのですよね?」


「はい、ですがもっと砕けたしゃべり方で構いませんよ。私は伯爵で貴方は侯爵です」


「じゃあ、お言葉に甘えて。後日二人で話したいんだけど時間を取ってくれないかな?」


デートの誘いなんて単純な話ではないだろう。彼女は自由を欲している。籠の中から飛び立つ機会を探している。もしくは――――。どちらにせよ関わりたくない。正直現段階で原作通りではないが、下手に関われば主人公と仲間たちの邂逅の流れが狂う。少なくとも主人公君たちには仲間と出会って強くなってもらわなければいけない。最悪原作崩壊しても、主人公君と仲間が無事ならいけるはずだ。きっと。


「アハハ、可憐なレディからのお誘いとあれば了承しないのは男が廃りますね………ですが、私の主はアイセア殿下なので私の独断では」


「ネリア・ルミナス」


「ッ!?」


俺の表情の変化をみて満足げにニヤリと笑ったミストは俺の横に立つ。そして耳元で囁いた。


「私は君のことを知っている。あの日のことも」


「………話だけは聞いてやる」


苦虫をかみつぶしたような顔をする俺に対してミストは余裕そうな表情でこう告げた。


「デート、楽しみにしてるね」












社交会が終わり人がいなくなった会場で、アイセアとロバートは向かい合って腰掛けていた。王族として二人で話がしたいと頼み込んだのだった。


「私の騎士の予想ですとあなたの目的は貴国の問題解決のためか兄弟喧嘩での家出だと言っていました」


「ッ………それはまた」


内容の正確性といきなり先手を取られたことにロバートはひるんだ。


「近年までほぼ鎖国状態で近づく国は侵略者とみなすというスタンスだったノーランがここ数年はその姿勢を解き始めた。それほどの何かが王国で起こっているとすると考えられるのは————王の不在でしょうか?」


「——————」


スムーズに語られる言葉と推測は現実に限りなく近い答えだった。導き出したのだろうか?たった少しの情報から?それとも情報が漏れていたのか?ロバートはどちらにしても驚異的だと感じていた。


「ここまでが正しいのであればノーラン王国では第一王子から第三王子までが王座を巡って水面下で争っているのでしょうね。そうだとすれば、留学はこの国に後ろ盾になってもらえないかという提案をするという目的のカモフラージュですね」


「………お見事です」


「どうですか?私の騎士は優秀で、得体が知れなくて面白いでしょう」


得意気に笑うアイセアに乾いた笑みを浮かべるロバート。


ロバートにとってこの展開は予想外だった。本来は自分がある程度情報を伏せながら、今回の背景事情を説明し、相手に援助を申し込む予定だったのだ。しかし、こうなった以上仕方かない。ロバートは戦略を変えた。


「恥ずかしながら、兵も財も権力も兄たちには及んでいません。その上で」


「私の即位に協力していただきたい」


アイセアはロバートの瞳に強い光が宿るのを感じた。小細工をやめた。簡単に言えばそういうことだった。


「私があなた方に提示できる利益は私が国王になった際に最大限の恩返しをすることです。一国の王に貸しができるのです。これは大きな利益だと考えます」


言っていることは間違ってはいない。しかし、間違っていないだけなのだ。


「全く足りませんね。あなたが語っているのはあなたが勝った未来の話でしょう。勝つ可能性が低いあなたに対して賭けるほどの魅力を感じません」


ロバートが負ければ全部おわり。そんな危険なギャンブルに乗る為政者はそういない。しかし、そんなことはロバートは百も承知だった。


「そう言われると思っていました」


「————聞きましょう」


「残念ながら勝ち筋を提示することはできません。だから、勝利の暁には宝具『ライゼンハルト』と我が王家のもつ書物の閲覧権を提示します」


アイセアは思わず淑女にあるまじき笑い方をするところだった。つまり、彼は勝ち筋は提示できないから勝った後の利益を増やします。欲しいと判断したなら私を勝たせてください、そう言っているのである。何という厚顔、何という度胸、何という強欲、傲慢だ。


「素晴らしい」


彼の姿にアイセアは自身が入れ込んでいるヴィレムの姿を重ねていた。


「さあ、どうだ!アイセア・トヴィアス!人脈、情報、宝具、国益、そして私自身!これらを総合して、貴方は私に賭ける価値を見出すか!?」


焼けつくような問いかけの後、静寂が部屋を覆った。アイセアの蒼い瞳とロバートの碧眼が交差する。そしてゆっくりとアイセアは口を開いて


「いいでしょう。私個人としては協力してもいいと判断しました」


「あなた個人だけではなく貴国そのものに援助していただきたいので」


「必要ないでしょう。私が援助するということは国が援助することと同義です」


その発言にロバートは絶句した。内容に驚いたのではない。その発言を信じさせるだけの何かを感じさせる目の前の少女の器に驚いたのだ。


「私の騎士を貸しましょう。少なくとも、あなたを現状よりもいい場所に連れて行ってくれることをお約束しましょう」


当の本人がいない場所でそんなことが決まっていた。

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