ゲームの世界に転生した挙句黒幕に飼いならされてます………
@ecr000315
第1話
生憎の曇天の空模様は、まるでヴィレムの今の心境を反映しているようだった。周囲は火の手に包まれ、ヴィレムは全身の軋む痛みに喘ぎ、雨空を仰いでいた。
意識ははっきりとしている。鋭い痛みが、かえってヴィレムの意識が喪失するのを許さなかった。
「――――」
腕の中に、ヴィレムは動かなくなった少女の体を抱えていた。少女の目に光はなく、この世ではないどこかの景色を見つめている。快活な笑みも、安心させてくれる優し気な瞳も、可憐な素顔も、生意気な軽口も、ちょっと腹黒い一面も、もう、二度と見られない。
それが自分の心を慰めるだけとわかっていて、ヴィレムは少女の瞼をそっと閉じた。死者の冥福を祈る資格など自分にはない。この手は、血に汚れすぎた。
罪歌は積み重なり、ヴィレムを地獄へ引きずり込む楔となって離さない。だが、少女は違う。少女だけは違うのだ。だから、ヴィレムは縋りついた。たとえ、元凶たる悪魔であったとしても―――――――。
気が付けばノベルゲームの世界に転生していたなんてベタな展開に出会ったら、あなたはどうする?嬉しがって人生を謳歌する?パニックになって自殺する?
俺の場合はどれでもなかった。記憶を取り戻したのは10歳の時だったからだ。記憶を取り戻したその日にこの世界はノベルゲームの世界だと気が付いたが、正直自分にとってはこっちの世界の方が現実であり、前世の自分のことは知識として記憶があるという認識でしかなかったからだ。
だから、衝撃は少なかった。ただ、生きていくうえでの問題点がいくつか発覚した。
この世界は、怪しげな教団が邪神を復活させ世界を滅ぼそうとするのを主人公たちが止めるというのが大きなストーリーであり、その過程で仲間を集めて冒険したり、学園に通ったりする、ありふれた物語だ。綿密に編み込まれた伏線、重厚なBGMそして秀逸な文章。それらが合わさって、かなり評価が高い作品になっていた………極めつけは、仲間であったはずの王女の裏切りにあいそのまま続編へ行くという怒涛の展開で人気を呼んだ。
なんなら、王女が黒幕の一人だったりする。そして、俺の生まれた貴族の家にその王女がよく出入りしていた。これは由々しき問題だった。王女は作品屈指のチートキャラだ。原作でマーキアなんて家名の貴族はいない。つまり、消される可能性があるのだ。そう考えた俺はその頃から原作知識をフル活用して暗躍を始めた。
そして数年後に王女に目を付けられ、現在俺は紆余曲折を経て――彼女の騎士に任命されていた。
「どうかしましたか?そんな死んだような目をして」
そこには、灰色の美少女がいた。端正な顔立ち、ほんのりと上気した頬、吸い込まれてしまいそうな蒼色の大きな瞳。まさに絶世の美少女である。こいつの本性を知ってさえいなければ、その容姿に見とれていただろう。
3年前、アイセア王女は帝国のスパイが起こした事件に俺を巻き込んだ。正確に言うのであれば、帝国のスパイを演じていた教団のメンバーが王女の指示で起こした事件に巻き込まれたのだ。つまり、王女が俺に首輪を掛けるためのマッチポンプだったわけだ。生き残るために積み上げてきた功績と事件での立ち回りを利用され、まんまと腹黒王女の術中にはまった。
名目上は、ここ数年間で多大な功績をあげた俺を他国に引き抜かれないように王女の専属の騎士にすることで王国に縛り付けるというものだが、前提から間違っている。まず、他国に引き抜かれないようにという部分だが、他国が引き抜こうとしている演出は王女の自作自演だった。このためだけに王女は事件を起こした。そして、功績に関してだが評価されている功績の半分は俺のだが、残りの半分はいつの間にか押し付けられていた王女の功績である。
これだけなら抵抗する気でいた。だが、最後の最後に王女は自身の計画の通過点で手に入るであろう死者蘇生の力をエサに俺を釣ったのだ。俺の目の前で彼女を殺しておいて、助けてあげるから私の物になれと罪悪感なんて欠片も抱いていない顔で悪魔の選択肢を叩きつけてきた。
「いえ、いつかあなたを殺してやりたいなとそう思っただけです」
現在、王女の私室には俺とアイセア以外はいない。だから、取り繕うことなく本音をこぼした。その返答に、アイセアは慈愛と狂気に満ちた魅惑的すぎる笑みを浮かべ、俺の頬に手を伸ばした。
「フフッ、正直ですね。ですが、あなたにはできないでしょう?私が憎くて殺したくて、その手で私を滅ぼしたくてもあなたは私から離れられない。私がいなくなることは貴方にとっては最も避けなければならないことだから」
「………」
蕩けさせるほどに甘ったるい匂いが鼻腔をくすぐってくる。頬に触れている手からはアイセアの暖かな体温が伝わってくる。アイセアの潤んだ瞳の奥から覗く魔性は、俺の理性をミキサーにかけたみたいになるまでドロドロに溶かしにかかる。砕けそうになる意志と理性を総動員して、その手を振り払った。
パチン―――――。乾いた音と共にアイセアの腕が弾かれる。その様子を見てもアイセアは驚くそぶりはなく、むしろ喜んでいるようにさえ見える。
「そう何度もその魅了が通用すると思うな」
「残念ですね」
俺の前世の知識にはゲームの終盤までの知識しかない。だから、アイセアという女を完全には理解できていないのだ。でも、それでもこの女と3年間も過ごすうちに分かったことが一つある。それはアイセアが他人を支配する瞬間に悦楽を感じていると同時に、それを不満に思っており自身の支配を拒んで見せる人間を甚く気にいるということだ。
最初に俺が目を付けられたのはおそらくこれが原因だろう。知識としてこの女の本性を知っていたが故に、魅了に完全にかかることはなかった。加えて、俺の身体はそういったものに対する耐性が強いらしく気を確かに持っていれば問題なく弾けた。
ノックの音が室内に響く。俺はあくまで王女の補佐の様な立ち位置であり身の回りの世話をする専属のメイドやスケジュールを管理する人間が別に存在する。
「失礼いたします」
ノックの後、部屋に入ってきたのは王女専属侍女のセルビアだ。王女とはもう10年以上の付き合いになるらしい彼女は手慣れたように一礼して、お茶の用意に取りかかる。
ちなみに、目の前でお茶を入れているセルビアはアイセアの本性を知らない側の人間だ。ストーリーの中盤には少し勘づいていた描写が描かれていたのだが、アイセアの計画とは無関係な人物である。それ故、接しづらい。お互いのアイセアに対する印象が乖離しすぎているからである。この国の第二王女であるアイセアの側近は三人。俺とセルビア、そしてガゼルという執事だ。ガゼルは教団のメンバーであり王族の教育担当だった時期もある人物でもある。
「ありがとう、セルビア。あなたが入れてくれるお茶はいつも美味しいわ」
ふわりと花が咲くような笑顔を浮かべるアイセアに心を打たれたかのように顔を赤くするセルビア。何も知らなければ、百合の波動を感じて笑みを浮かべているところだが、最終的には彼女は裏切られ殺されるということを知っていると何とも言えない気分になる。
「アイセア様。本日のご予定ですが、学園に留学してくるロバート・ノーラン王子の歓迎及び調査を言い渡されております」
「お父様が?」
「はい、今回の件アイセア様に一任すると」
ノーラン王子は西側に存在する王国の第三王子であり王位の継承権は2番目だ。ノーラン王国は資源が豊かであり、国土も帝国に肉薄する強国だ。ただ、近年までほぼ鎖国状態で近づく国は侵略者とみなすというスタンスだったのだが、とある事情でここ数年はその姿勢を解き始めた。原作を知っているが故にわかることなのだが、数年前に教団の策略によって国王が倒れてしまったのだ。死んではいないものの、強烈な呪術を掛けられているため身動きが取れないらしい。王の不在。王制の国にとってこれほどの一大事はないだろう。地理的にノーラン王国は帝国に近く、弱ったことが知られれば侵略されかねないのだ。現在、ノーラン王国では第一王子から第三王子までが王座を巡って水面下で争っているという状況だ。
留学はこの国に後ろ盾になってもらえないかという提案をするために来国したという事実のカモフラージュだろう。何度も帝国を退けた実績を持つトヴィアス王国に後ろ盾になってもらうのは確かに効果的ではある。アイセアは性格上今回の件を面白がるだろう。アイセアという女は絶望にあらがっている人間を気に入る傾向があるからだ。
「ヴィレムはこの件をどう考えていますか?」
アイセアは度々こういったことを俺に聞き試すようなことをしてくる。それは記憶を取り戻した7年前から目を付けられるまで原作の知識をフル活用して暗躍していたからだろう。確実に何かあると思われているらしい。
「何かしらの意図があると思います。おそらく鎖国状態を緩めたのにも関係があるのではないかと愚考します。可能性としては、我が国と何かかしらの条約を結びたいとかでしょうか」
有能さはある程度見せておかないと何されるかわかったものではないので、不自然にならないように答えておく。それを聞いて、アイセアは表情を変えないままセルビアに視線を移す。
「仮に条約交渉に来るのであれば、第一王子か外交のトップでなければ不自然と言えるでしょう。あなたはどう思いますか?セルビア?」
「私はただの侍女ですので政治的なことは………」
困ったように微笑むセルビアであるが出身は貴族のためそこそこの知識はある。ただ、ここまで複雑な外交問題には口を出したくないようだった。
「留学を隠れ蓑に何かしらの提案をしに来たという穿った見方をするのであれば、ノーラン王国では外国には知られてはいけない何かが起こっているということになりますね。もしくは兄弟げんかをして国を飛び出してきたとか…冗談ですけど」
セルビアに助け舟を出すつもりでもう少し踏み込んだ意見を茶化して答えた。するとセルビアは目を軽く見開き、こちらを凝視してきた。数瞬で視線を戻したが、何かに驚愕したようだった。何にそんなに驚いたのだろうか?ここには他に人はいない。このくらい不用意な意見を言っても問題はないはずだが。
「フフッ、アハ、ウフフ!愉快な意見ですね?それが本当であれば大変面白そうな話です」
少し踏み込み過ぎただろうか。笑いを押さえられないアイセアを見て後悔がよぎるが、この程度なら問題がないと割り切る。
「では答え合わせに学園に向かうとしましょうか」
そう言ってアイセアは椅子から立ち上がって伸びをする。猫のようにのびやかに伸びをするその姿は隙だらけだ。だが、次の瞬間から雰囲気が変わる。そこに立っているのは、トヴィアス王国第二王女にして世界を揺るがす教団の幹部、作中で屈指のチートと恐れられたアイセア・トヴィアスだ。
「今日もよろしくお願いしますね?ヴィレム」
くるりと後ろを向き、こちらを振り返って手を伸ばすアイセアに純粋な悪感情を抱けない自分を情けなく思いつつ、その手を取るのだった。
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