第5話 少女
三十分ほど歩いたと思った時、遠くに外の光がちらりと見えた。それに向かって歩いていると、急に視界が真っ白になり、痛いほどの明るさを感じた。薄目で見渡す。小高い丘のような広場。一帯に木はなく、真ん中に堂々と佇む一軒の小屋。彼女は僕らを待たせ、小屋に入っていった。裸足だった。白い服とズボンだった。顔は見えない。
「あいつ、信じられるか?取って食おうってんじゃないだろうな……」
彼が座り込んでため息をつき、小屋を見つめる。
「大丈夫だろ。ちゃんと喋ってはくれた」
「ちゃんとねえ……」
目が慣れてきた。僕は改めてこの土地を見まわす。周りは森で囲まれていて、円状に芝生が敷き詰められている。この広場は彼女が自力で木を伐りはらって作ったのだろうか、あるいは初めから生えていなかったのか。それから、ぽつんと立つ、見るからに木造の、小さな小屋。ここに住んでいると言ってたけど……。まさかあそこに? 一人で? いつから? 考えれば考えるほど、彼の言う通り、少し怪しく思えてきた。
彼女が小屋から出てきて、僕らのそばに降りてきて、座る。
「君たち、外に行きたいって?」
「ああ、その前に助けてくれてありがとう」
僕と彼は頭を下げる。
「私が偶然近くを通りかかって良かったね」
「君は何をしていたんだ?」
「食糧を取りに町へ出るつもりだった」
「本当にここで暮らしてるのか」
「悪い?」
「いや……でも、四歳から十年間の『基礎教育課程』は修了した?」
「うん」
「ならその後十一年間は普通に町のどこでも住めるし、何でもしていいじゃないか。国がくれる金の範囲で」
「町か……。私は、あの町に住む気にならない」
彼女は少し気まずそうに言った。
「なんで?」
「なんとなく、ぼんやりしてるから」
「それは…町のせいか?」
「知らない。けど森は違う」
彼女の言うことは、分からなくもない。確かに、森に入るとすべてがはっきり見えるし、聞こえるような気がした。少なくとも、町よりは。見ると、彼も何となく納得したような顔をしている。
「いつからここに?」
「『教養』が終わったらすぐ」
「ふーん……」
「で、君らは何で外に行きたいの?」
「新しい本を読むため」
「僕はついてきてるだけ」
「本? 町にあるのに?」
僕は経緯を簡単に話した。聞き終わって、彼女は思いもよらないことを口にした。
「なるほどねえ……。百冊か。それぐらいなら、あの小屋にもあるけど」
あごで小屋の方を指す。僕は意気込んで問いただす。
「本当か? 『管理棟』以外で書籍を持つのは禁止だぞ」
「あのねえ、どっかから持ってきたり交換したりで本持ってる奴は普通にいるよ。町中探して歩いたから知ってる。あの町の規則は全部緩い。まあ私は別のところから持ってきたけど」
「別のところ?」
彼女は言おうか迷ったのか、少し沈黙した。それから、ゆっくり口を開いた。
「地下から」
「地下?」
「町のじゃない。『外』の、あの瓦礫の下」
「君は、『外』に行ったことがあるのか?」
「何度も。だけど、あの本は駄目。私の本だから。それに、君らは多分読めない……」
読めない?
「おい、ちょっといいか」
彼が横からさえぎる。
「ここはすぐ暗くなるぞ。夜の準備をした方がいいんじゃないか」
「いつも暗くなったら、寝るだけだけど」
彼女が当然のように言い放った。「君たちは、ここで寝てもいいよ」
「ちょっとこれからやらなきゃいけないことがあるんだが……」
彼が申し訳なさそうに僕と彼女の顔を交互に見る。
「分かったよ。勝手に火でも焚けば?」
彼女は立ち上がって小屋の方に歩いて行った。
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