第9話

 これだけ人が待っているってことは、待ち時間も相当長いものになるのだろうな。そう覚悟していたけど、思っているより整形外科を受診している人は少ないのか、回転の速い泌尿器科から次々にお年寄りが入っては出て、来てから1時間も経たないうちに待合室の椅子は空いている場所がちらほら見えるようになった。

 隣の泌尿器科と違って、整形外科は長かった。中に入った人はなかなか出てくることはなかった。なんとなく区切られている待合室。待っている人間は大体10名程度か。一人当たり5分から10分くらいだから、1時間もしないうちに呼ばれるな。来てからもう既に1時間以上いるのに、まだ1時間近くかかるかもしれないなんて、どれだけ混み合っているんだ。ある程度人がいることは予想していたけど、ここまでとは思いもしてなかった。朝早くだから、最悪昼からの勤務にしていれば出勤できるのではないのだろうか、と考えていたが、とんだギャンブルになりかねない。こんなことで遅刻はしたくない。年休の無駄使いだ。

 実際に診察室に呼ばれたのは、来てから2時間が過ぎた頃だった。初めてだから仕方ないかもしれないけど、10時の予約ならせめて10時台には呼ばれたいものだ。

 診察室に入る。どこの病院と同じような丸椅子が用意されている。隣には椅子より背の高いカゴが置かれている。そこに鞄を入れて医者と対面する。

 

手根管症候群しゅこんかんしょうこうぐん肘部管症候群ちゅうぶかんしょうこうぐんを併発しているってまた珍しいことになってますね。とりあえず、握力測ってもらっていいですか?」

 

 また握力検査だ。もうかれこれ4回目だ。まあ、私自身も少しは気になっているから、いいけど。

 握力計を渡されて、右手でそれを目一杯にぎる。

 結果は前回と一緒だった。

 

「8キロ……。左もいいですか?」

 

 そう言われて左手でも握る。

 

「45キロ。こっちは普通ですね」

 

 普通なんだ。

 握力検査が終わると、医者はパソコンを操作しながら言った。

 

「他にも色々検査をしてみるから、とりあえず、CTと神経の検査に行ってもらおうか」

 

 印刷した紙を一枚渡されて、外に出るように言われた。後を追うように看護師の人が出てきて「Aコーナーの奥に検査室があるので、そちらの方にこの紙を渡してください」と言った。

 Aコーナーの奥。検査室はあったが、人なんて誰もいない。なんなら扉も閉まっている。勝手に開けていいものか。多分ダメな分類のやつだ。検査室なのに検査中みたいな看板もないし、どうしていいのか分からずに立ち尽くしていた。背後から現れた白衣を着た女性が、検査室の扉を開いて私に言う。

 

「紙。お預かりします。中にどうぞ」

 

 突然現れた女性の紙を渡し、案内されるがまま中に入った。中では4台くらいベッドが並んで、全てカーテンで仕切ってあった。その頭元にはモニターみたいな機械が置いてあった。(遠くて一瞬だったこともあり、何の機械だったのかよく見えませんでした。)

 女性に連れられ、1番奥隅の、金庫でもあるのかと言いたくなるくらい、分厚くて頑丈そうな扉をした部屋の中に入った。中は物置のように段ボールから、医学書まで様々なものがあった。その中央にベットが一台だけ置いてあって、ここもまた至る所にモニターよりは小さい機械が無数に置いてあった。その中の、高さ1メートルくらいのパソコン台のようなものの上に置かれている、平べったたい四角の機械を私の前に持ってきた。その機械は、電話の受話器のようなものがついていて、電話と違うのは受話器の先に、スタンガンのような電極らしきものがついていたくらいだ。

 

「今から電気を流します。少し痛みが出ますか、無理に力を入れたりしないでください」

 

 それは痛みの程度による。激痛なら、力を入れるなと言う方が無理だ。

 女性が1メートルくらいの机を用意し、その上に手を伸ばし置くように言われた。手を机に置いて、手のひらを天井に向ける。すると、女性は受話器の電極側を私の肘より少し下の位置に当てた。その瞬間内心はヒヤヒヤしていた。どんな電気が来るのか身構えるなと言われていたのに、身構えていた。

 

「練習で何度か流しますね」

 

 身構えていたのがバレたのか、いきなり本番というわけにはいかなかった。

 電気の強さは、強いものではなくめちゃくちゃ弱い静電気くらいのものだった。痛み……確かに若干は痛みを感じるが、痛みと言えるほど痛くはなかった。変に身構えていた自分がバカみたいだった。

 痛みは大したことはなかったが、それよりも何よりも、電気を流されると、力を抜いているはずの手先が、電気に反応して勝手に指を伸ばしていたことが何よりも気持ち悪かった。

 何で動くんだ。

 頭の中にはそんな言葉しかなかった。変に意識をするなと言われていたのに、指が勝手に動く電流なんて、流されたら変に意識をせずにはいられなかった。何より気持ち悪さに慣れなかった。

 

「力を抜いてリラックスしてください」

 

 ああ。とうとう本番が始まるんだ。

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