第7話

 休憩時間も右手は使わず、ペットボトルのキャップを開けるのも行儀が悪いが足と左手を使って開けた。飲むのももちろん左手。休憩時間は45分間。この時間内に治らなければ、仕事が全くできなくなる。それだけは勘弁だ。もし治らなければ、装具をキツめに締めて、仕事をするしかない。無理にでも手を固定しないと、痛くてそれどころじゃなかった。

 45分そのほとんどの時間を安静に過ごしていたのに、手の痛みはなくなることなく、何も変わらなかった。もう装具をキツく締めて手を固定して仕事をするしかなくなった。これでまた、手の可動域は小さくなり、ストレッチ漬けの日々が始まるんだ。

 そんな状態で仕事をしたんだ。悪化するのは目に見えていた。これは一度病院に行った方がいい。そう思い、同僚に無理を言って、明日の仕事を変わってもらった。元々私は、朝早くからの勤務だったから、夕方からの夜勤と代わってもらった。

 夕方までは時間がないから、朝起きて朝食を食べるとすぐに通っている病院に向かった。

 9時ごろに着いたと言うのに、呼び出されたのは11時ごろ。

 長らく待たされていざ診察室に向かう。

 診察では、手の痛みが前より増していることと痺れが手の全体に出ていると言うことを話した。

 医者は握力計を引き出しから取り出して、渡した。その握力計を握ると、驚くべきことに握力は8キロになっていた。さすがの医者も首を傾げてもう一度。結果はほとんど変わらず、強いて言うのなら四捨五入をすれば9キロになるかなくらいだった。

 変わらない結果に医者は首を傾げた。

 一応左もと言うことで、左でも握る。前の時と違って、今回は万全だ。左の結果は46キロ。高校を卒業して以来まともに測っていなかったから、左ってこんなに握力があったんだと私が驚いた。

 この結果から、右手は下手すれば40キロくらい落ちている可能性が出てきた。それに加えて、手の全体の痺れ。手根管症候群しゅこんかんしょうこうぐんなら指3本しか痺れはない。

 医師が出した結果は予想外のものだった。

 

「全体に痺れがあるのなら、手根管症候群しゅこんかんしょうこうぐんと“肘部管症候群ちゅうぶかんしょうこうぐん”を併発しているしか考えられないな」

 

 私の頭の中ははてなマークでいっぱいだった。

 全く聞いたことのない病名。何も言えずに固まってしまうのは自然の摂理で、そんな私を見てか医者は肘部管症候群ちゅうぶかんしょうこうぐんについて説明を始めた。

 

肘部管症候群ちゅうぶかんしょうこうぐんは、手根管症候群しゅこんかんしょうこうぐんと症状は同じなんだけど、出る場所が違うんだ。母指ぼしの半分、示指しじ中指ちゅうしの半分に痺れが出るのが、手根管症候群しゅこんかんしょうこうぐん。それ以降の薬指やくしの半分、小指しょうし全体に痺れが出るのは肘部管症候群ちゅうぶかんしょうこうぐん。併発しているから全体に痺れが出ているように感じているんだと思う」

 

 医者も少し不安だったのか。この後「一応MRIを撮っておこうか」と言って、MRIを設置している施設を紹介された。

 MRIは予約制で、ここ近いうちは空いていないくて、そこを受診するのは1週間後になった。それまでに仕事は5日だ。乗り切れられるのか心配だった。

 仕事ではずっと装具をキツく締めてから、手首を固定し、手首をあまり動かさなくても大丈夫なようにした。そうでもしないと仕事にならなかった。

 何とか5日間の仕事を乗り切って、MRIを設置している病院を受診した。

 受付を済ませると、すぐさまMRI室前の部屋に案内された。そこでMRIについて一通りの説明を受ける。MRI室の中は金属の物は持ち込み禁止。メガネはもちろんの事、スマホやネックレス、ピアスや指輪などの飾品。磁気を使用しているキャッシュカード。入れ歯の人は入れ歯もだ。その他、カイロや針金の入ったマスクまでも持ち込み厳禁だ。

 一通りのものは外して鞄に詰め込んで、呼ばれるのを待った。

 私の前に使っている人がいたが、割と早いタイミングで終わって、待ち時間はそう長くはなかった。

 中に入ると、ドラマなんかでよく見る、円形の穴が空いたあいつが堂々と部屋のど真ん中にいた。隣の別室からマイク越しに検査をしてくれるお兄さんが台の上で横になるように言って、私はその指示に従って仰向けに横になった。

 薄暗く、ピーピーとたまに音がなるくらいで、機械音以外何も聞こえない空間で横になっていると、全く眠気なんてなかったのに、眠くてたまらなかった。始まる前にお兄さんに「眠らないように」と言われていたけど、この状態で眠るなという方が無理だ。体を動かせば検査に悪影響が出る。頬の一つでもつねって目を覚ましたいがそれはできない。もう、意識だけでどうにかするしかなかった。頭の中で眠るな眠るなと何度言い聞かせていても、眠気は増していくばかり。徐々に瞼も重くなっていき、眉間に皺を寄せながら瞼が下がり切らないようにしていた。検査自体は楽なのに、まだ終わらないのか。早く終わってくれ。とばかり思っていた。

 それから意識を失うまでは早かった。

「終わりましたよ」とマイクで声をかけられた時にハッ! と目を覚ました。眠ってしまったけど、記録は大丈夫だったのだろうか。とりあえず終わったらしいから、あとは結果でも待とう。と思っていたが、どうやら今日はこれで終わりらしい。「結果は通院している病院に送ります」と言われて、そのまま会計に向かった。

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