第5話

 処方箋薬局では前と全く変わらない、痛み止めにビタミン剤その薬を貰った。ロキソプロフェン自体は、頓服薬で痛い時にだけ飲んでいた。だから数をもらっても、飲み切れるものではなかった。それでも、最近は痛む時なんてしばしばでストックはギリギリだった。それに問題はタリージェの方だった。この薬、錠剤なのに「カプセルか!」と言いたくなるくらい大きかった。薬を飲むことが嫌いな私にとってはまあまあ地獄だった。だけど、こっちは頓服ではなく、毎日飲む薬だからたまにドロドロに溶かしながら飲んでいた。(薬は体重によって量が決まることがほとんどです。私は80以上あったので大きな薬になった可能性が高いです。ダイエット頑張ります……)その反面ビタミン剤は小さくて飲みやすかった。それに他の薬に比べて、苦味がなく、後味見たいなものが良かった。少し甘くてクセになる味だった。だからいつもお口直しと合わせて最後に飲んでいた。

 どうでもいいかもしれないが、錠剤を飲むことが苦手な私にとってはモチベーションが全然違うかった。このビタミン剤があったから、タリージェを飲み続けることができたと言っても過言ではない。

 そんな薬を飲みながら、介護の仕事を続けていた。だけど、手は良くなることはなかった。

 薬を飲んでいたおかげで、悪化もだいぶ抑えられていたけど、痛みを感じる頻度は日に日に増していた。

 介護の仕事をしている以上、食事介助というものは避けては通れない。場所にもよるが、大抵の介護施設では食事の配膳を介護福祉士が行う。手が痛む前は、お盆を2つ持って配膳をしていた。今は、右手でお盆を持つことはできなくなった。普段から片手でお盆を持っていたから、両手でお盆を持つのはぎこちなく、左手片手でお盆を持って右手は何もしていない。何て変な状態で配膳を行っていた。利用者の食事介助には、当然、食べさせることもする。この時ばかりは、お盆の上に食器を置いたままスプーンを口に運ぶことはできず(身体の変形なんかもあり、その人に合った車椅子を使っている人が多く、そこら辺で売られているような机では、真下に食器類を置くことはできません。なので物理的にも距離が遠いです。)、利き手でないほうで利用者の食事介助なんてできず、装具をつけたまま介助するしかなかった。

 痛い、痛い。

 右手を酷使していることはよく分かっていた。でも、仕事だから、できるだけ使わないことは可能でも、全く使わないことは不可能だ。

 こんな生活を続けているからこそ、あんなことになってしまったのだ。

 仕事場の同僚や先輩はいい人ばかりだった。上司は、まあ置いといて。身体が大きな利用者を介助するときは、代わってくれたり。利用者の移乗介助でも、1番楽なポジションに配置してくれたりと、助けてもらってばかりだった。申し訳なくなって、もっと無理をするべきなのかと悩んでしまうほど、代わってもらったことは多かった。そんな同僚の紹介で、いつも通っている整形外科とは違う整形外科を受診した。

 初めての病院に行けば、問診票と言われるものを書かされる。その問診票の下の方に〈現在罹っている病気はありますか?〉と書かれた欄があった。ここに何も書かなくて、口頭で医者に伝えるのもよかったが、書いておいても損はないだろうと、正直に手根管症候群しゅこんかんしょうこうぐんと記入した。

 この整形外科も割と混んでいて、初診の人間だから待たされるのは当然と思いつつ、まだかまだかと呼ばれるのを待った。待ち時間はスマホを触ろうと思っていたけど、それよりも、ここの医院長は海外留学があるようで、しかも医療の先進国ドイツに。ドイツ語で書かれていたから、何を書いてあるのかそれを読むことはできなかったけど、何となく良さげな盾と賞状、写真をこれでもかと飾っていた。ドイツ語は読めないけど気になり過ぎてずっとそれを見つめていた。そんな可笑しなことをしているのは私1人だった。

 遂に名前を呼ばれたのは、受付を済ませてから30分が経った頃だった。

 医者の待つ診察室に入ると、ゲーミングチェアのような椅子に座った60まではいっていないのでは。というような少々小太りな男性がいた。

 

「今日はどうされました?」

 

 医者の常套句のようなもの。

 問診票の紙を見ながらそう言った。

 だから私は、手根管症候群のことを話そうかと思っていたら、私が口を開く前にその文字を医者が見つけた。

 

「手根管症候群って書いてあるけど、どこか病院に罹っているの?」

 

「はい。齋藤整形に通っています」

 

 そう答えると、医者は「ああ、そうですか」と言い、近くにいた看護師に「ちょっと、握力計を持ってきて」と言った。

 看護師に握力計を渡されて、通っている整形外科でもしたとは言わずに、興味本位でもう一度握力計を握った。まずは右手。前回は24キロだったけど、どれだけ下がったのか。結果は18キロだった。マイナス6キロにもなっていた。今度は左手。前回は42キロだった。結果は38キロ。こちらもマイナス4キロになっていたが、身に覚えはある。はっきり言って筋肉痛のような症状を自覚していた。

 医者には「左も低いね」と言われた。医者と多く接する経験上、気さくに話してくれる人はこっちの話をよく聞いてくれる。

 

「症状とか握力のこととか。手根管症候群で間違いないね」

 

 そう言った医者は「齋藤整形ではどんなことを」と続けていったので、お薬手帳を開いて医者に渡した。

 

「はあはあ。タリージェとメコバラミンね。齋藤整形で薬貰っているから処方はしなくて大丈夫だね。齋藤先生はいい人だから指示に従っていれば大丈夫ですよ。もう、私にすることはありません」

 

 こうして、僕の受診は終わった。

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