第2話

 初めは、箸を持つ練習から。

 簡単だろうと思っていたけど、20数年ずっと右しか使ってこなかったから、急に左と言われてもぎこちなくて、自然と持てている右手と比べると無駄に筋肉を使っている感じが自分でもわかって、疲労も比べものにならず、最初のうちは数分で疲れてできなくなってしまっていた。(何でか肩凝りが酷くなりました)おまけに、慣れていないから、器に張り付いた米粒や豆類、それらを箸でつかむことはできなかった。(米粒を最後まで食べるのは未だにできません)最後は結局右手を使って、ご飯を食べていた。そんなある日、あることに気がついた。ずっと、ご飯を食べるときは、右手だけを使っていると思っていたが、器を持っていたり、傾けていたり、勝手に左手を使っていた。だったら、右手で器を持って、左手で食べたら左手でも食べられるんじゃないかって、思い付いた。

 仮定に基づいて実践。

 シンプルに器の方が重かった。右手で器を持つことの方が、右手に悪影響になっていた。その時初めて、左手はこんなに重たい器を、何気なく持っているんだということが分かった。右利きだからほとんど使っていないと思われがちだった左手も、縁の下の力持ちというか、讃えてもいいくらい、いい仕事をしていた。(語彙力なくてすみません……)

 そんなことより、右手で器を持てないことが発覚して、左手だけでは食事を摂るに摂れないことが発覚してしまった。行儀は悪いが、器を持たずしてご飯を食べることとするか。それとも……と脳裏に思ったのは、昔のインド人見たく手を使って食べること。だが、インドでは、左手は不浄の手とされていて、左手で食事を食べることはマナー違反とされている。ここは日本だから、関係はない。が、衛生上の問題から、それだけは最悪本当にできなくなった時にしようと決めた。

 結果、器を机に置いたままにして、左手だけで食事を摂ることに決まった。そうと決めてからは、食事時、基本は左手。最後だけは右手を使う。そんなことを毎日繰り返していた。次第に左手を使って食事を摂ることに慣れてきて、ついには豆を箸でつかむこともできるようになった。

 そんな生活を続けること2ヶ月。今度は、左手を使って文字を書けないだろうかと、字の練習を始めた。右手も元々下手くそな字で、参考にはならないから、スマホを使って「左手 文字 書き方」や「左手 練習」のように調べて、A4用紙にお経のようびっしりと、漢字やひらがなを書いては書いてを繰り返していた。でもどうしても上手く書けなくて、悩んでいる時に、左利きの悩みみたいなものをサイト上に見つけた。そこには、小学生の時に書き順を習うが、左手の場合はそれとは、左右逆に書かなければ書けない。と書かれていた。確かによく考えていれば、漢字の書き順は、右から左に伸ばすのが極端に少なかった。殆どの漢字が奥から手前へ。無意識でそんなふうに書いていたが、右手でも手前から奥に文字を書いてみると、左手ほどではないが、線がふにゃふにゃになって幼稚園児よりも下手な文字ではないかと実際思った。ただ、身体や頭に刻まれ刷り込まれている書き順を、そう簡単に逆に書くことは全然できなかった。逆ということを意識して書くと、スローペースになってしまい、画数の多い漢字を1つ書くのに右手10文字分くらいの時間を有した。これでは効率は疎か、単に時間の無駄だ。書き順は諦めて、頭で覚えている書き順で文字を書くと、右手よりは遅いが意識している時より倍以上のスピードで書くことがきた。もうこれしかないと、練習を続けたが、一向に字が上手くなることはなかった。線はふにゃふにゃで、角度が斜めで、読めなくはないが、何て書いているのだろう。と頭を悩ませないと読めない、そんな文字しか書けなかった。何より、上手く書けないことへの苛立ちから、ストレスでしかなかった。

 だから、右手への悪影響になるかもしれないけど、文字を書くときは基本右手で書いた。代わりと言っては何だけど、左手で絵を描く練習をその頃から始めた。

 左手で描いたら線がふにゃふにゃで綺麗に描けないと私自身も思っていたけど、絵を描く時は、意外と勢いみたいのものが大事で、スローペースで線を描いたら必ず曲がった線になる。これは右手でも同じだ。ただ、右手はその勢いの中で、繊細に線を描くことができる。左手はまだ思った通りに線を描けなかった。初めて左手で描いた絵は、座りながら傘を差している少女の絵だった。ネットで適当に調べた写真を基にした絵だったけど、思ったよりも綺麗に描けていた。構図や繊細さは、まだまだ右手と一緒とは断然言えなかったけど、初めてにしては出来は良かった。それからと言うもの、左手で文字を書く事を諦めて、ずっと絵を描くことに集中していた。左手で繊細さを上達させると、字も自然とうまく書けるのでは思っていたから。休みの日限定だから週に1回2回あるかないかくらいだったけど、充実した休日だった。

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