#13.5:Challenge.
「パパには入学式に来てもらいます!」
娘のぶっ飛んだ提案に、ボクは豆鉄砲を食った鳩みたいになってしまった。
あれから…というか春休みを良いことに毎日遊びに来る娘は、少しずつボクの家の中でテリトリーを広げていた。
「はぁ?!なんでパパが?ママがいるだろ」
「だって…ママが来れる訳ないじゃん」
(またやってしまった…これは言っちゃいけないやつだ)
「そうだよな…ごめん」
確かに、彼女が高校の入学式で保護者席にいる姿を想像すると『絶対に
(サングラスとかで隠しても逆に目立つもんな…)
「あー、パパが来てくれないとショックで立ち直れないかもー」
(絶対にわざとだろ…)
「わかったよ…お供させて頂きますよ、お姫様」
この『おてんばお姫様』の執事であるボクは、四月も休職することが決まっていたので、いくらでも都合はつくのだ。たぶん執事は、お姫様の申し付けには逆らえないんだろうけど。
「やった!」と小躍りして喜ぶ娘は、やはり彼女によく似ていた。
娘は、来週から都立高校のデザイン科に進学することが決まっていて、清澄白河から高校のある水道橋までは電車で通学することになっていた。
「パパの家からの方が、大江戸線近いんだけどなー」
「そこは諦めなさい?流石にママも心配するから」
「そうだねー…。それとパパさ…入学式までに美容院に行ってください」
「はぁ?いいだろこれでっ!パパはナチュラルさんなのっ!」
「えー!」
(お願いだから、そんな汚い物を見るような目でボクを見ないで欲しい)
「私の行ってるとこで予約してあげるよ」
ドヤ顔をしながらボクの肩に左手を置き、右手にはサムズアップを作っていた。
スマホで美容室予約アプリを立ち上げて、予約の空き状況を確認して、午後からの予約を入れてやった。
予約した美容室は、かかしロードから一本南下した通りに面していて、
外壁も内装も打ちっ放しのコンクリートで、全面ガラス張りの『ど真ん中』に出入口の扉がついている、シックでオシャレな私のお気に入りで、私がイヤリングカラーを入れたのも、ここの美容院だった。
「あれ?ひまちゃん?」
「こんにちはナツさん」
ナツさんは私を担当してくれている、デザイナー兼スパニストで、パパの予約もナツさんを指名していた。
「ところでそちらは…彼氏さん?かな?」
「予約している鈴宮です…宜しくお願いします」
「何言ってるのナツさん、私のパパだよ?」
「〝ひまちゃんちょっと〟」ナツさんが手招きして私を呼んでいる。
「〝パパってなに?お金貰ってるの?まだ中学生でしょっ〟」
「いや、ホントのパパなんですけど…」
「〝いやいや!若すぎるでしょ!早く別れてちゃんとした人とお付き合いしなさいっ〟」
「だから違うってば、ナツさん落ち着いてよ」
よからぬ詮索は娘にとっても、なによりボクにとっても
「あの〜、聞こえてますよ?」
「すみませ〜ん、確かによく見たら似てらっしゃいますねぇ〜、あはは…どうぞコチラに〜」
(棒読みが過ぎるだろ…)
「それで、今日はどんな風にいたしましょうか?」
「えーっと…ひま、どうすれば良いかな?」
「ボサボサしてるんで、爽やかにして下さい」
(ボサボサだと…まだ言うか。まぁいい、仰せのままに)
「そうですね〜…少し短くなってしまっても大丈夫ですか?」
「お任せします…あの、カラーリングだけは無しでお願いします」
「わかりました!」
「ひま、別に付き添わなくても良いんだぞ?子供じゃないんだし」
「ナツさん、どれくらい掛かりそうですか?」
「そうねぇ…ヒアリングからしたいから、一時間半くらいみてくれれば大丈夫かな」
「じゃあ先に帰ってるから、パパ鍵ちょうだい」
「へいへい…って一人で行く気かよ!」
「一人も何も自分の家でしょ?」
(まぁ…あらぬ疑いを掛けられるのも、自分の家と言ったことを否定するのも上手くないか…)
「カバンに入ってるから持っていきなさい」
「はーい、じゃあナツさんお願いしますね!」
「任せなさいっ!」
(はぁ…先が思いやられるなぁ)
そもそもボクは、美容室で話しかけられることが好きじゃないし、鏡に写る自分を見ることも好きではなかった。
(ずいぶん短く切られたなぁ…それにあのナツさんって人はマシンガン過ぎて酷く疲れた…小さい頃のひまわりの話をしろだの、奥さんはどうだの…ボクの蚤の心臓ではキツすぎた…)
真っ白に燃え尽きて、コーナーに座り込んでいるようだったゼ。
それにしても何で自分の家なのに、オートロックのドアを解錠してもらわなければならないのか…初めて自分の家の部屋番号を打ち込み、呼び出しボタンを押す。
「はーい!」
「ボクです、開けてください」
「ボクって、どちら様ですか?」
「パパです、開けてください」
「パパパパ詐欺ですか?私のパパは髪がボサボサなんです」
「いいから早く開けなさいっ!」
「はいはい」
(全く何なんだあの娘は!毎日遊びに来るし、そろそろちゃんと叱った方がいいな)
「ただいま…ひまわり…って、おおっ」
テーブルを見ると、手作りだとすぐに分かる料理が並べられていた。匂いからも食欲を唆られ、胃が『食べさせろ』と要求してきた。
「これ、全部ひまが作ったの?」
「そうだよ!凄いでしょ!簡単な物しかないけどね」
「いや凄いよ…いいお嫁さんになりそうだ…」
「なに?パパは私に早くお嫁に行って欲しいわけ?」
「はぁ?絶対に嫌だね!嫁にはやらん!」
「昭和のお父さんですか?」
「パパは平成生まれだよ」
「屁理屈はいいから早く食べよ!」
回鍋肉、ブロッコリーとミニトマトのマリネ、卵とほうれん草の中華スープ、白いご飯…
外食も含めて、誰かに作ってもらった料理を食べるのは本当に久し振りだった。
「うまい、うまい、うまい…」
「なんか、そんな猫いたよね」
「ンマインマイ」と言いながらご飯を食べる猫の動画を見せてくれた。
(食事中に笑わせないで頂きたい)
「いや〜、ホント久しぶりに手料理なんて食べたよ!ありがとう、美味しかった!」
「どういたしまして」と言う娘は、嬉しそうに笑ってくれた。やっぱり笑う顔は彼女によく似ている。
「洗い物もする」と言ってくれたけれど、そこは押し切って一食の恩義と、張り切って洗い物をさせて頂いた。
「パパ、髪が短いのもカッコイイね」
「これだけ短くするのも久しぶりかな…」
「それにさ、初めて…じゃないけど、沖縄で会った時と比べると声も大きくなったって言うか、うるさいとかじゃなくて、話し方も表情明るくなったよね」
確かに、休職中は通院時に主治医と話す程度で、
「仕事を休んでると、あまり人と話すこともないからね…ひまのお陰だよ、ありがとう」
「えへへ」
本当にこの子には助けてもらってばかりだった。
再会してから一週間も経たずに、こんなにも『生きていたい』と思わせてくれた。この子の存在があれば、病気も克服して仕事からも逃げずに、真っ当に生きていける気がしていた。
彼女に黙って入学式に行くことは、後ろめたさがあったけれど、この子が望むならと思うと、行かない理由は無かった。
「ねえパパ?これってパパが作ったの?」
娘の指差す先には、あのアルバムの中残されていた、ある写真があった。そこには、オムライスを食べている彼女と娘の姿が写し出されていた。
「あぁそれか…パパが作ったものだよ」
オムライスはボクの担当で、初めて作った時から、彼女が好きな味付けだと喜んでくれた物で、写真はこの子が二歳になった後、初めて作ってあげた時の一枚だった。
「パパ!」
「はいっ?!」
「私にこのオムライスの作り方を教えてっ!」
「いいけど…急にどうした?」
「明日!明日作って!食べたいの!」
「まぁいいけど…」
そういえば、ママがオムライスを作ってくれた記憶は無い。
『これならイケるかもしれない』そう思った私は、目の前にいるcooking dadに弟子入りを懇願したのであった。
*******
クッキングパ…cooking dadの作るオムライスには、ちょっとした特徴があって、チキンライスを炒めた後、その中にダイスカットされたプロセスチーズを混ぜ込むという物だった。
熱でほんのり溶けた物や、固形のまま残っている物もあって、パパ曰く『オムライスはこういうもの』らしい。
半熟卵の上にはケチャップやソースは掛けないこともパパの拘りで、二歳の時以来に作ってもらったというそれは、大袈裟じゃなく『今まで食べたオムライス』の中で、一番美味しかった。
さながら『文化部の厄介者』とか『輸入雑貨の貿易商』になった気持ちだった。…尊敬しています。
教えてもらう中で、半熟の卵を作るのには苦労したけれど、卵に牛乳を混ぜることも初体験で、パパはオムライスを作るだけで『私の知らない世界』をたくさん教えてくれた。
(ママも惚れるわけだ…)
ふと、ママに『同じ女性として』嫉妬してしまったけれど、この人が自分のパパだと思うと鼻が高かった。
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