#15:Determination.

「これ、パパに作り方を教えてもらったの」


自分の娘から発せられた言葉に理解が追いつかず、ワタシの思考は完全に停止してしまった。


「ママ?ママってば!」


「ごめんなさい…ちょっと理解が追いつかなくて…」


(パパと言っても、あの人だという確証は無い。ワタシにだって居場所は分からないし、この子には彼と会う術なんて無いはず)


「私ね、パパに会ったんだ」


「その…人違いではなくて?」


「んーん、間違いなく私のパパだよ。って名前でしょ?」


(どうしてフルネームまで知っているの?この子が彼と離れてしまったのは、まだ三歳になる前で記憶は曖昧だろうし、名前を教えたことなんて無いのに)


「その…どこで会ったの?」


「会ったのは沖縄だよ?」


(あ…!つい勢いで沖縄に行ったことを言っちゃった)


「あのっ、ごめんなさい!ママに黙って一人で沖縄まで行ってしまいました…」


頭を下げて、バツが悪そうに言う娘を問いただしたかったけれど、彼のことを聞きたいという気持ちがまさっていた。


「そうね…ひと言相談して欲しかった。何かあってからでは遅いから…」


「ごめんなさい…」


「過ぎてしまったことは仕方がないわよ…。それで…今あの人は沖縄に住んでいるの?」


(沖縄か…あの場所の近くにでも移住して、幸せに暮らしているのかな)


「んーん、東京に住んでるよ?私達と同じ清澄白河」


「えっ…?!」


確かに、大学を卒業したらここに住むと言っていたけれど、ワタシと離れたことで別の場所に住んでいるものと思っていた。


「ここから歩いて五分位の所だよ?」


「ちょっと待って!ひまわり、家を知ってるの?!」


「うん!何回も行ってるもん」


「何回もって…」


いよいよ本格的に訳が分からなくなってきた。あの人がこの子を無理に連れ回している?いや、そういうことをする人ではない…。


「今まで黙っててごめんなさい!私が無理やり押し掛けてるっていうか…パパは優しいし…パパにも、その…事情があるの…」


「そう…」


(事情か…奥さんでも居るのかな)


「それでね、ママにも聞きたいことと、パパのことで聞いて欲しいことがあって…」


(聞きたいことと聞いて欲しいこと?やっぱり別の人と暮らしているとか、そういう話かな…)


「ママはさ…今でもパパのこと、その…好きなんだよね?」


「……」


「パパはね、パパは…自分にはそんな資格は無いって言ってた…」


「そう…」


「でも、きっとパパは今でもママのことが好きなんだと思う」


「どうしてそんなことが分かるの?」


「だって…今でも『あのアルバム』を大切に持ってる…」


「アルバム?」


「あのっ、これもごめんなさい…勝手にママの寝室にあるボックスを開けちゃって…」


「……」


「でも…そのお陰で沖縄にっ、あの砂浜に行ってパパに会うことが出来たの!」


「そう…」


(彼があの砂浜に居るだなんて…この子に会って、また思い詰めたりしていないだろうか…)


「そのっ…パパはママとおんなじアルバムも、あのボックスもまだ大切に持っているし、私が着てたお包みとか、私が初めてこの家に来た時に飾ってくれてたフラッグガーランドも、ママがモデルをしてた時の雑誌も、あの映画のパンフレットも…全部キレイに残してるの」


「そうなのね」


「それってママのことも私のことも、大切に思ってくれてるってことだし、それに…ママとお別れしてから、彼女はいたことは無いって…」


「……」


「ママは、そういうお付き合いとか、どうなのか私は知らないけど、パパは…パパは、ずっとママのこと想ってくれてるんだよ…」


「ワタシだって誰ともお付き合いなんてしていないけど?あなたはワタシにどうして欲しいの?あなたは『あの人のところで』暮らしたいの?」


あの時の…実家で経験した二度の苦い記憶が鮮明に甦り、頭と体を支配していく。


「そうじゃないよ…私はそんなこと言ってるんじゃないよ…どうしてそうなるの…」


「もうワタシにはどうしようも出来ないの!あの人のことを苦しめるだけなの!わかる?!あの人の隣に居ていい資格なんてないの!あなたにだって苦しい思いしかさせてないじゃない!」


「資格ってなに…?」


「あなたは知らないし、憶えてないから分からないでしょ!」


「憶えてないよ!だから何なの?!」


「それはっ…」


「パパも同じこと言ってた!ママと私の傍に居る資格が無いって!なんなのその資格って!意味がわかんないよ!」


「ワタシの…ママのせいなの…」


(ワタシが女優を続けたいと思ったことがイケなかったんだ…この子にも、それが原因で辛い思いをさせて、どれだけの苦労を掛けたか分からない…)


「あなたにも、本当にたくさん迷惑を掛けてしまっているし…」


「私は迷惑だなんて思ったことはないよ!そうやって勝手に決めつけないで!」


「ごめんなさい…」


(でもワタシは、この子に母親らしいことなんて一つも出来ていない…『ワタシの娘』として生まれたことは不幸だったに違いない)


「私は…私はママの娘に産まれて来れて良かったと思ってる。そりゃあママは女優だから、他の家族とは違うかもしれないよ?でも同じ家族なんて、どこにも居ないじゃない。学校行事とかに来てもらえないのは寂しかったけど、そんなことはどうでもいいんだよ。私のママはママしか居ないし、ママの…苦労だって、大変そうなところだって一番近くで見て来た。だから、私はママのこと嫌いだなんて思ったことは一度もないよ!」


「うん…」


涙が止まらなかった。やっぱりこの子は彼とよく似ている。いつでもワタシの味方なんだ。


こんな簡単なことが、何で今まで分からなかったんだろう。


「ねえママ?私はママの娘だしパパの娘なの。だからもう一度聞きたいんだけど…」


「うん…」


「ママは、今でもパパのことが好きなの?」


「ええ…勿論。ママはパパのことが大好きだよ」


「よかったあ〜」


そう言って緊張が解けたのか、泣いていた娘の顔は涙で目が腫れていたけれど、まだ彼と一緒に居た頃のワタシのように、幸せそうに笑っていた。


「ママ、なんだか嬉しそうだね」


いまのママは笑ってはいなかったけれど、表情がいつもより柔らかくて雰囲気も明るかった。きっとパパと会って話せれば、笑顔を見せてくれるような気がしていた。


「ひまわり、ありがとう」


「私こそ、今日まで大切に育ててくれてありがとう」


「なんだか、お嫁さんに行くみたいね」


「パパは嫁にやらん!って言ってたよ?」


「パパなら言いそうな台詞ね」


「えへへ」


「でも、不出来な母親でごめんね」


「ううん、そんなことないよ。あ、見て見て!入学式の写真!」


娘のスマートフォンの待ち受け画面は、入学式と書かれた看板を前に写る、娘と彼の姿が写し出されていた。少しやつれているように見えたけれど、間違いなくワタシの大好きな彼そのものだった。


「あっ…これもママに言ってなかったね…ごめんなさい」


「いいのよ…あなたが一人じゃなくて良かった」


「あの…それでね…?ママにお願いがあるの」


「お願い?ワタシが出来ることなら何でもするよ」


「明日からのスケジュールを私に教えて欲しいの!」


「どうして?」



「ママ!私と一緒にパパに会いに行こう!」

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