#12:Truth.
カフェに入ったボク達は、ボクはアイスコーヒー、彼女はアイスティーと『ブラジルプヂン』というスイーツまで注文していた。若い娘さんはスイーツに目がないらしい。
アイスコーヒーをひと口飲み込んで、この空間を作り出した目的を尋ねた。
「それで…その、ボクに話があるみたいだけど」
「んぇっ?」
(この子…プリンを食べてる!何なんだ本当に…。それを『食べたかっただけ』なんじゃないのか?やっぱりセレブの娘なのか!)
「あの砂浜で寝てた人ですよね?」
ここまで来て、嘘をつく気なんてなかったし、そもそもボクは嘘をつくのが苦手で嫌いだった。
「そうだね…まさかまた会うなんて、思ってもいなかったよ」
「ほーほー、わはひもれす!」
(喋るか食べるか、どっちかにしなさい)
(全く最近の若いもんは…なんてことを言ったら、ボクも『オジサン』とか『老害』って呼ばれてしまうな。気をつけよう)
(あと、ポケ○ンの『赤と緑』の話をすると引かれるらしい…名作だぞ!やったことあるのか!任○堂さん、大好きですよ!)…話を戻そう。
「キミはどうしてココに居るの?旅行か何か?」
「いえ、あの時が旅行中でした」
(奇遇だな…。となると…この子も沖縄の人間じゃないんだな)
「東京に住んでるの?」
若い娘さんに居住地を聞くのはどうかと思ったけれど、ただの確認作業だ。やましい気持ちなんて更々ない。
「この近くに住んでます」
「へ、へぇ〜、そうなんだね…」
(同じこの界隈に住む者同士という訳か…世の中は広いようで狭い。人類みな友達だ)
「あのっ…おにい…さんも、こっちに住んでるんですよね」
こっちが何処を指しているのか分からないけれど、自分が聞いておいて、それに応えない理由は無かった。
「そうだよ、ボクもココに住んでる。
〝ピクリ〟と彼女の体が反応したように見えた。
そんなにも、ボクが近くに住んでいることが嫌なのか…彼女は俯いてしまった。
(別にご近所だから仲良くしましょう、なんてことは言わないし、第一いままでコッチで出会ったことなんて無いじゃないか。すれ違う位は、あったかもしれないけれど)
「聞きたかったことは、それだけかな?」
アイスティーをゆっくりと口に含んでから飲み込むと、彼女は『本当に聞きたかったこと』の答え合わせを始めた。
「さっきの…あの絵本なんですけど…知っていますよね?」
「…まあ…知ってるよ」
「もしかして、持っていたりしますか?」
「…そうだね」
「あの場所も、私と…その…母とあなたの三人で行ったこと…あります…よね?」
「………」
「あのっ…私…」
泣き出しそうになりながら話す彼女の顔は、ボクの知っている顔だった。
いや、あの砂浜からの帰路でも何となく感じていたんだ。
さっきの図書館での態度も、ボクを待ち伏せていた時の顔も…。
全部わかっていた。
でも、気付かないフリをしていた。
ボクにその資格なんて無い。
その方がこの子も、彼女も幸せなんだと言い聞かせていた。
「開けてみて下さい」
リュックから中学校の生徒手帳を取り出して、ボクの前に差し出してくれた。
これを開いてしまったら、どうなってしまうんだろうか。
この子を、もう二度と離したくないと思うのだろうか。
また、彼女に会うことが出来るのだろうか。
『あの日のように』殴られながら、許しを乞うのだろうか。
もう彼女の隣には別の男性が居て、ボクのことなんて忘れて、その人と幸せに過ごしているのかもしれない。
気が遠くなりそうだった。
息が荒くなって、胃がキリリと痛むのが分かった。
見なくてもいい。きっとそれが最適解だ。そう自分に言い聞かせた方が楽だった。
「大丈夫です」
「えっ…?」
「大丈夫ですから…開けてみて下さい」
何が大丈夫なのか分からなかったけれど、心が軽くなって、落ち着きを取り戻していた。
そこには目の前にいる姿とは違う、黒だけの髪の彼女が写っていた。
『下記の者は、当校の生徒であることを証明する』
氏名:佐々木 ひまわり
生年月日:平成21年7月6日
思っていた通りだった…この子は間違いなく彼女の娘で、間違いなく『ボクの娘』だ。
十二年ぶりに父として会う娘は、初めて出逢った頃の彼女によく似ていて、嬉しそうに泣く顔もそっくりだった。
プリンの無くなった器に涙が落ちて、カラメルソースが波紋を作っていた。
*******
たくさん聞きたいことがあったけれど、「平日なのにお休みなの?」という質問をすると、パパの顔が曇って「ここでは話しづらい」と言われ、カフェを出ることになった。
さっきの公園でと言うパパに猛抗議をして、私たちは『パパの家』に向かっていた。
はじめは『とてつもなく嫌そうな顔』をして引いていたけれど、娘の頼みは断れなかったようで、渋々了承してくれた。カフェのお代も払ってくれるナイスガイだった。
『鈴宮 太陽』がパパのフルネームで、運転免許証を見せて教えてくれた。『太陽』という名前を知っていることを伝えると、驚いていたけれど、暗黒空間にあった『あのアルバム』の中の写真にも太陽という文字が書かれていたので、特定は出来ていた。
「そういえば、どうしてサングラスなんてしてるの?」
「だって…目立たない方がイイでしょ…」
(その方が目立ちそうだけどな…でも気持ちは分かる。ボクも言われたことがあったよな)
「そういうパパこそ、ずっと脇道みたいな所ばっかり選んで歩いてるじゃない」
「クセなんだよ…」
(きっとあの人…ママと一緒に居る時にしていたクセが抜けてないんだろうな)
少し嬉しくて、ママが羨ましかった。
私はいつも堂々と清洲橋通りを歩いていたし、今日もずっと表通りを歩いてきた。
パパの選んだ『この道』に入った時、私もここを歩いたことがある気がしていた。
「ねえ、ここって一緒に歩いたこと…あるよね?」
「図書館に行く時は、ここを通ってたよ」
(やっぱり一緒に、あの図書館に行ったことがあるんだ)
手を繋いでくれて、あの階段を一緒にのぼってくれた、見上げると優しい顔で笑いかけてくれた顔が、今も隣にあった。
脇道と言っても、『深川資料館通り』という名前が付いていて、老舗の深川めし屋さんとか、行列が出来るパン屋さんもあって、不動尊や『お寺の幼稚園』を見ながら歩くだけでもワクワクしていた。
『キョジン・タイホウ・タマゴヤキ』のタイホウだよ、と教えてくれた、お相撲さんのコーナーがある『深川江戸資料館』が、この通りの名前の由来らしい。
壁を破壊する巨人に、卵焼きの大砲を撃って戦う、空飛ぶ兵士の姿を思い浮かべてしまったことは内緒にしておいた。
毎年『かかしコンクール』というコンテストが開催されていて、個性豊かな『かかし』が通りを埋め尽くすという事も教えてくれた。
(地元なのに知らない事も多いんだなぁ)
これから『芸術』を学ぼうとしている私としても、興味をそそられる響きで、是非いつか参加したいと思った。どうやら区長賞で、二万円の商店街利用券が貰えるらしい。
(通りの入口の、お土産屋さんの店先に立っていたのも『かかし』なのかな?)
そんな妄想をしていると、かかしロードを抜けて『一瞬だけ』清洲橋通りを通って、また脇道に入ったところで、私の住んでいるマンションが正面に見えた。
「あそこ…今もあそこに住んでるよ」
「そっか、引っ越してなかったんだね…」
少し寂しそうだったけれど、安心したような顔にも見えた。
パパの住むマンションに着いて、初めてパパの家に入る私は、どこかイケナイことをしているみたいでワクワクしていた。
「お邪魔します…」
用意してくれた真新しい感じのスリッパを履いて、リビングに入った。
パパの家は、質素だけれど洗練されていて、良くも悪くも生活感を感じない所だった。サングラスとキャップを外した解放感からなのか、不思議と落ち着く空間で『自分の家』みたいな感じがした。
「なにか飲む?」
「んーん、平気」
ついさっき、十二年ぶりに父と娘として再会したばかりなのに、ずっと一緒に暮らしていたみたいなパパとの会話が嬉しくて、ちょっぴり恥ずかしかった。
ソファに座るように促されて、パパはテーブルを挟んで床に腰をおろした。
聞きたいことはたくさんあった。
「じゃあ、さっきの続きだけど…」
*******
自分の娘に、今の状況を『どう伝えるべきか』ここに来る道中で、ずっと考えていた。
隠すことも出来るだろうけれど、きっとこの子も、勇気を出して行動してくれたんだと思うと、正直に話すしかなかった。
「その…ボク…、パパはさ、うつ病なんだよ…」
あの時の『何かを諦めていて、今にも消えてしまいそうで、どこか儚げな印象』を受けた理由が分かった気がした。でも、どうして申し訳なさそうな顔をするんだろう。
「ごめんな…こんなんで…」
久しぶりに父親として会う娘の前で、カッコイイ存在でありたかったけれど、いつもボクはカッコ悪くて逃げてばっかりだ。きっと失望しているだろう…。
「どうしてパパが謝るの?」
「へっ?」
素っ頓狂な声を出してしまった。
「私はパパから謝られるようなこと、されてないよ?」
(いや違う。ボクはキミと彼女から逃げ出したんだ…今だって仕事から逃げている…ボクは…)
「確かに十二年も会っていなかったけど、放っておかれたなんて思ってないよ。小さい時の記憶なんて殆どないし、それにママだって『あんな人』だもんね」
(あんな人…?どんな人だろう…)
「ママ…は、元気にしてるの?」
きっとボクと離れて幸せになったハズだ。
あれからご両親とも和解して、元気で幸せだと分かればそれで良かった。
「んー、よく分かんない。会話なんてほとんど無いし。ママってさ、感情があるか分からないよね。パパはママのどこを好きになったのか、正直分かんないかも」
感情があるか分からない?彼女はよく笑うし、すぐ顔に出る分かりやすい人だ。確かに『笑わない女優』なんて言われているけれど…。
「いや、ママはよく笑うし明るい人だよ?顔に出やすいし。それに…怒ると、怖い」
冗談を言っている顔には見えなかった。
あの人がよく笑う?明るい?怒ったところも見たことが無いし、怖いと思ったことも無かった。
パパの話すママの姿は、私の知っている印象とはまるで正反対で、別の人のことを話しているようだった。
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