第10話 勇者が仲間になりました




 結局自分の魔法で左肩を治療した姫は、まーちゃんから得点を奪う方法を完全に心得ていた。


「いきますわよ!せーのっ、ンンーッ!」

「あはははは、あはははぁ!」

 最初の一度がよほど面白かったのか、姫がふざけ半分に出すその声にまーちゃんは毎度笑い転げてボールを打ち返し損ねる。


「凄いよ姫様!一国の姫が出していい声じゃないけど、さすがだよ!」

 僧侶は相変わらずおかしなテンションで姫を応援している。


 姫は、そんな声援など気にも留めずに、時には変顔までしてまーちゃんを笑わせて得点を奪い取っていた。

「楽しそうねぇ」と王妃も笑う。


「もう一回行くよ、ンンッ…ギャアァー!!」

 変顔に集中しすぎてサーブを空ぶった姫は、最早自分でそれが面白くなって、まーちゃんと同じようにコートに転がって、呼吸ができないほどに笑い転げた。


「変な声、変な声!んぎゃーって、怪獣みたいな声出してた!」

「んは、んはははは、お腹痛い!」

 最早勇者と魔王のことなどそっちのけで、彼女達は見てくれも気にしないで涙が出る程に笑っている。



「…勇者よ。我々は、どうやら大事なことを忘れていたらしい」

「ああ、そうだな魔王」

 実力は拮抗し、熱戦を繰り広げていた彼らは、その笑い声を聞いてふと我に返ったように姫とまーちゃんのほうを振り返っていた。


「我はただ、まーちゃんの幸せを願うのみ。まーちゃんが望むことに口を出すなど、父として間違っていたのだ」

 魔王は真面目な顔でそう呟く。

「テニスラケットって縦振りじゃなくて横振りするべきだったんだね」

 勇者も真面目な顔でそう呟いた。


「―――勇者よ。娘を、頼むぞ」

「何が?」

 魔王は、背中を向けて歩き去っていく。

「まだ幼き彼女だが―――きっと、貴様の目にも美しく映る時が来るであろう」

「ああ、ええと…ソッスネ」

 本人が近くにいる手前、あまりはっきりと断ることも出来ずに勇者はただ愛想笑いをして魔王を見送った。



 相変わらずゲラ笑いをしている彼女達の姿を、勇者は何となく眺めている。

 ふとそんな彼と目が合った姫は、我に返ったのか顔を真っ赤にしてコート上に座り込んだ。


「ま、まーちゃん!勇者様たちの試合も終わったみたいですし、これで最後にしますわよ!ほら、はい!」

 慌ててサーブを打って、まともにテニスをしているフリをする姫。

「わ、急に打つのはズルいよ、おねーちゃん!せーの、ンンーッ!あはははは!」

 まだテンションが上がり気味だったまーちゃんは、力加減を考えずにそれを強めに打ち返した。


 まーちゃんがラケットを振り抜くその瞬間を見て、姫は何かを悟った。

「あらあらあら、死にましたわ私」

 コート外の僧侶と王妃が「あっ」と小さな声を上げる。

 次の瞬間、亜音速で跳んできたボールが体と腕の隙間を通り過ぎた衝撃で、姫はコートの外まで吹き飛ばされていった。


「「「姫ーーーっ!!!」」」


 勇者一行は、吹き飛んでいく姫をただただ揃って見送った。




 ◇ ◆ ◇




「ご、ごめんね、おねーちゃん。あれはちょっと危なかったよねぇ」

 なんとか生還して横たわっている姫に、まーちゃんは心配そうに声を掛けた。

「だ、大丈夫だよぅ。ボールはコート外に落ちてアウトになったから、あれはお姉ちゃんの得点だからね」

 横で僧侶が、「大人げない、許し方が大人げないよ姫様」と呆れ顔をする。


「姫、よく今まで生き残って来れてたね」

 勇者がそう言うと、姫は「それは誉め言葉ですの?」と笑顔になり切らない表情を浮かべた。


「じゃ、帰ろうか」

 そう言って、勇者はごく自然な所作で姫を抱き上げる。

 まさにお姫様抱っこ、という形で。

 一瞬だけ『いいなぁ』と言いたげな表情でそれを見上げていたまーちゃんだったが、ふと我に返ると慌てて勇者を引き留め始めた。


「ま、待って待って!勇者様も、おねーちゃんも。もう少しだけ、もう少しだけでいいから、魔界に居てよ。そんなすぐに帰っちゃうなんて、私…」

 泣きそうな顔で、まーちゃんは下を向く。

「…」

 姫はまーちゃんのその顔を見て、少し考え込んで勇者の顔を見た。

「勇者様、スケジュールは空いてますの?」

「…新作のゲームをやりたいなぁ、とは思ってたけど。別に、それはいつでも構わないよ」

 勇者がふと仲間のほうを振り返ると、戦士と僧侶はやれやれといった顔で首を縦に振った。


 姫は勇者の腕から降ろされると、いつも通りのすまし顔、いつも通りの声でまーちゃんに声を掛けた。

「お菓子屋さん、作るんですものね」

「…!」

 まーちゃんの表情が明るくなる。


「勇者様たちにも手伝ってもらって、いいお店を作りましょう。で、ちゃんとしたお店が完成したら、しばらく一緒にお菓子を売って―――その後のことは、その時にまた考えますわ」

「お菓子屋さん?」

 勇者が意外そうな声を出すと、姫は振り向いて「そう、お菓子屋さん」と答える。


「勇者様が居れば、サトウキビもバジリスクも怖くありませんわ。新しい冒険、新しいアイテム集め。勇者様、そういうのお好きでしょう?」

 そう聞かれて、勇者はなんだか嬉しそうな表情を浮かべる。


 後ろで、戦士は「ちょっと、じゃ終わらなそうな気がしてきたなぁ」と後ろ首を掻いた。


 姫自身も、かなり乗り気な表情で彼方を指差す。

「それじゃ、決まりですわね。改めて、魔界のお菓子屋さん開店計画、スタートですわ!」

 いの一番に魔王城へと走り出した姫の後ろを追いかけて、まーちゃんは顔を紅潮させて走っていく。


 勇者一行と王妃様は、そんな二人の後姿をなんだか嬉しそうに眺めて、穏やかな足取りでそれに着いて行くのだった。



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