第11話 朝食は穏やかでした




「久々にマカロンが食べたいですわ!」

 テーブルを囲んで朝食を食べ進める矢先、姫は唐突にそう声を上げた。


「マカロン?私も食べたい!」

 衝動的に声を上げる姫の素行にはとうに慣れているまーちゃんは、フォークを握り締めたまま賛同する。

 他の面々は特に大きな反応も無く朝食を食べ進めていた。


「マカロンねぇ、作るの結構難しいわよ~」

 乗り気ではありつつも、王妃はそう言って笑う。

「自分で作った事、ありませんわ。どうやって作るんですの?」

「まずね、マンドラゴラの根の部分をミキサーにかけてスライムに練り込むのだけど」

「多分それ違いますわ」

 即座に姫は右手で発言を制止した。


「マカロンって、アレですわよ。なんだかやわらかいクッキーみたいな生地でクリームを挟んだ小さなお菓子」

「王国でのマカロンって私達のそれとは違うのねぇ」

「一応聞きますけど、王妃様のイメージするマカロンって何だったんですの?」

「魔界の輪舞曲ロンドっていうお菓子があるのよ。略してマカロン。とっても辛いの」

「名前が怖すぎますわ、逆に気になるけど」


 ベーグルをもぐもぐと咀嚼しながらまーちゃんが問いかける。

「おねーちゃんの知ってるマカロンは辛くないの?」

「お菓子って言ってるでしょ。甘いの」

「へぇ」

 先程の姫の説明からどんなものか思い浮かべてみるが、はっきりとイメージできずに首を傾げる。


「勇者様は、知ってるの?マカロン」

「ん。知ってるよ。よく姫にねだられて作ってたけど」

 勇者のその発言を聞いて、姫は頬張っていたスープを吹き出した。


「え、あれって勇者様が作ってたんですの!?買ってきてたんじゃなくて!?」

「作ってたよ?だって、買うと高くつくし」

「だって、あんなに綺麗な包装で持ってきてたじゃないですの!」

「そりゃ、姫に渡すとなったら見栄えは大事だもの。僧侶にお願いして包んでもらってたよ」

 姫は衝撃の事実にわなわなと手を震わせる。


「解釈違いですわ。勇者様は料理も何もしないで、ヒモ同然みたいな状態で私に依存すると思っていたのに」

「そのイメージどこでついたの?」

 隣で吹き出す戦士を睨みながら勇者は困り顔をした。


「…じゃあ、作り方もわかるんですのね」

「わかる、けど。ここのところ作ってなかったから、久々だと上手くできる自信はないかな」


 勇者がそう言うのを遮るような勢いで、まーちゃんは「一緒に作ろう!」と身を乗り出していた。


「これ、まーちゃん。テーブルに乗ってはいけないぞ」

 黙って話を聞いていた魔王は、興奮気味のまーちゃんを落ち着かせながら向き直った。

「よかろう、マカロンだな。確か、材料に粉末状のアーモンドを使うだろう。最高級のアーモンドが採れる栽培場を用意してやろうではないか」

「わあ!」

 目を輝かせるまーちゃんに対して、驚いたように勇者が口を挟んだ。


「ちょ、ちょっと待ってよ魔王。今から栽培する気?アーモンドって実が成るまでに数年かかるよ」

「それは人間界での話だろう。余の領域内であればどんな作物だろうと数日で実をつける」

「怖すぎるよ、なんなの魔界の植物」


 姫はすまし顔で口を挟んだ。

「まあ、サトウキビが殺しに来る世界ですもの。栽培期間や収穫量も人間基準じゃないのは明らかですわ」

「何で経験談みたいに話してるのかな」

「ふふ…殺されかけましたから…」

 放っておいたら簡単に死んでしまいそうなおっかない姫に、勇者はまた大きな溜息を吐いた。




 ◇ ◆ ◇




「楽しい楽しいアーモンドづくり~~」


 いつも通りに気迫に満ちた表情で魔王は拍手をしながら畑に向かい合っていた。

 まーちゃんはわくわくしながら父親の顔を覗き込む。


「お父さん。アーモンドって何なの?実なの、種なの?」

「うむ、よくわからん。多分、実だろう」

 勇者が小さな声で「種だよ」と呟くと、魔王も被せるように「種だ!」と声を上げる。


 厳密に言うと少し違うけど、と言おうかと迷う戦士が横でもどかしそうにしていたが、空気を読んで黙っていた。


「おっきいですわね、流石は魔王城」

「ぬ、人間界ではもっと小さいのか」

「人間の親指の先くらいのサイズですわよ」

 姫の目の前に用意されている、植え付け用のアーモンドは人間の頭ほどの大きさがあった。


「まあ、栽培の仕方はだいたい一緒だろう。勇者、あとのレクチャは頼むぞ」

「え。丸投げ?」

「余は溜まっている仕事を済ませねばならん」

「忙しいなぁ」

 少し面倒そうにしながら、勇者は立ち去る魔王を見送った。


「仕方ない、やってみようか。戦士、僧侶、手伝ってくれる?」

 戦士は黙って頷き、僧侶は少し嬉しそうに「わかった」と小さく握り拳を作った。


「それじゃあ、姫様、まーちゃん。これからアーモンドのが発芽するまでの流れを教えるんだけど、姫様何してんの?」

「助けてくださりません?」

 巨大なアーモンドの種に頭から噛みつかれている姫は、だらだらと血を流しながら勇者の顔を覗き込んでいた。



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