第9話 僧侶も楽しんでました




「エクスッ…カリバァーーー!」

「それ聖剣じゃないだろう勇者ぁ!ラケットを縦振りするんじゃあない!」

 そんなことを叫びながら、勇者と魔王はそれなりに高度なテニスを繰り広げていた。


「ところで、テニスってどんなルールなんですの?」

 それを眺める姫は、すました顔でそう呟く。

 僧侶は「やっぱり知らないじゃないか」と困り顔をした。


「相手のコート内にボールを落としたら得点になるんだよ」

「何点取ったら勝ちなんですの?」

「…」

「あなたもよくわかってないんですのね?」

 じゃあいいか、と勇者たちの試合に視線を戻すが、ルールが分からない彼女達にはそれはあまり面白い光景ではなかった。


 まーちゃんもじっとしていることに飽きたのか、王妃のほうへ目をやって「私も遊びたい」とコートを指差す。

「あら、やってみる?いいわよ、じゃあ姫ちゃんと一緒にやっておいで~」

 気を抜いていたタイミングで名前を呼ばれた姫は、「ほえ?」と間の抜けた声を上げた。




「おねーちゃん、行くよ!」

 コートの向かい側で、まーちゃんが元気よくボールを掲げる。

「優しく打ってねぇ、あんまり強く飛ばすとお姉ちゃん死んじゃうからねぇ」

「わかった!」

 まーちゃんは素直にそう答えると、「えい!」という掛け声とともに山なりにボールを打ち出した。


「おお」

 いい具合に優しく飛んでくるボールを見上げて、姫はなかなか上手いじゃないかと感嘆の表情を浮かべる。

 バウンドして自分に向かってくるボールを前に、姫は余裕の表情でそれを迎えに走った。

「行くよ~」

 勇者と魔王が繰り返していたラリーの見よう見まねで、姫も相手コートにボールを返そうとする。


「そいっ…!?」

 姫がラケットを振ると、ラケットがボールにはじき返される。

「…」

 ボールはそのゆっくりとした動きに反して力強くコートに落ち、そのまま転がっていった。


「やったぁー!」

 喜ぶまーちゃんに対して、姫は困惑の表情を浮かべた。

「私、鉄球でも打ち返そうとしてたのかな?肩外れそうなんだけど」

 そんなことを呟いていると、「ちゃんと魔力を込めないと駄目よ~」と忠告をする王妃の声が聞こえてきていた。


「…ああ、成程。例えテニスであろうと、魔力は全開で相手を殺しにかかるのが魔界の常識って訳だねぇ…?」

 白目をむきそうになりながら再度ラケットを構える姫。

「もっかい行くよ!」

 まーちゃんは先程よりも更に力を弱めてサーブを放つ。

 それでも姫はまーちゃんの打つ殺人ボールを打ち返すことが出来ずに、何度も身体ごと弾き返されてコートに倒れ込んだ。


「…おねーちゃん、今度は先に打つ?」

 心配そうな顔をして、まーちゃんがネット際でボールを差し出してくる。

「…」

 何度も再戦を申し込んでは負け続けた姫は、ムキになって半泣きの表情になりながら、無言でそれを受け取った。


「…行くよ」

 ごく普通の、それほど力も籠っていないサーブ。

 それは山なりにコートの反対側へと飛んでいき、まーちゃんはたどたどしくそれを狙ってラケットを振った。

「わ、やったぁ!上手く返せたよ!」

 まーちゃんは嬉しそうに跳びはねる。


 また、ボールはゆっくりと姫のほうへと飛んでくる。


「姫~、チャンスだよ!魔力もあんまり籠ってないよ、これを打ち返せなかったらもう勝ち目ないよ!」

 そう面白半分で煽る僧侶の姿を見て、王妃は「あらあら、血も涙もないのねぇ」と優しい笑顔で呟いた。


 姫は悔しそうな顔をしながら僧侶を睨む。

「うう、そう何度も、手加減されて負けていては姫の名が廃りますわ!今度こそ、一点取って見せます!―――喰らいなさい、姫スマーッシュ!」

 姫は、今度はラケットに込められる限りの魔力を込めてラケットを振り抜く。


 勢いよく振り抜かれるラケット。

 かなり真上に近い角度で弾き飛ばされるボール。

 痛々しい音を立てて外れる姫の左肩。


「ンンーーーッ!!」

 彼女は姫とは思えないような苦悶の顔を浮かべながら、跳んでいくボールを眺めることも出来ずにコートに倒れ込んだ。

「姫ーーーっ!!」

 僧侶が叫ぶ。


「あははははっ、あはは!おねーちゃん、変な声!すっごい顔してるよ、あはははは!」

 普段の澄ました彼女からは想像もできないような声と表情がツボに嵌ったのか、まーちゃんはラケットを掴む力が抜けて、膝から崩れるように笑い転げた。


 天高く跳んでいったボールが時間差でコートに落ちる。

「はっ、ふっ、一点取りましたわぁー!」

 姫がそう言って右腕を振り上げると、僧侶が彼女の元へ駆け寄ってきてその勇士を称え始めた。


「凄い、凄いよ姫様!よく頑張ったね、偉いねぇー!」

「痛い、痛い、揺するのはやめて、左肩外れてるからぁ!」

 そんな彼女の苦痛の声は、興奮気味の僧侶にも、笑い転げているまーちゃんにも届くことはなかった。



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