第8話 魔王は健在でした




「あれ?姫、今回は結構自由にしてたんだね」

 ダイナミックな登場を果たした姫の姿を見て、勇者は平然とそんな言葉を投げた。

「あれ、じゃないですわ!魔王から決闘と言われてカードゲームやりだす勇者が何処にいるんですか!」

「へへ」

「褒めてませんわ!何故、剣よりも出しやすい位置にデッキを装備してるんですの!?」

 実際、彼は剣を背中に、カードゲーム用のガジェットを腕と腰に装備していた。

 照れくさそうに後ろ首を掻く勇者に、姫は激昂して腕を振り回す。

「こいつがゲーマーなのは姫も知ってるだろ」

 戦士がそう言うと、姫は「知っていますが限度がありますわ!今までの道中、どうやって戦ってたんですの!?」と食ってかかるように反論した。


「勇者、ちょっと待て。カードデッキ持ってくるから」

「乗らなくていいです魔王様!」

 真面目な顔で席を外そうとする魔王に、姫は慌てて振り返る。

「早くしてくれ魔王!俺のレッドアイズ・ブラックドラゴンが火を吹くぜ!」

「勇者様うるさい!」

 その場の誰もが余りにマイペース過ぎて、姫は最早息切れ気味になっていた。




「姫様、久しぶり~」

 久々に会った友達、くらいの感覚で話しかけてくる僧侶に、姫は呆れながらタッチに応じる。

「焦って大損しましたわ。さっきの転倒、思いっきり顔面打ちましたのよ」

「鼻血出てたね」

「出てたね、じゃなくて。姫の怪我にその程度のリアクション、正気の沙汰じゃありませんのよ?」

 姫がいくらそう話しても、僧侶は楽しそうに「まあまあ」と笑っていなした。


「で、魔王。デッキ持ってきた?」

 勇者は結局カードゲームをやるつもりで魔王を急かす。

「まて、勇者よ。よく考えたら、貴様相手にカードゲームなど明らかに分が悪い。今回は、もうちょっと余にもできる種目にさせてもらうぞ。テニスとか」

「普通に戦うつもりはないのですわね。まあ、良いことですが」

 姫は、もう彼らの遊びに口を出すことはしない。


「私、勇者様と魔王様の決戦は派手な魔法が飛び交って、剣と剣が交わる熱戦になると思っていましたのに。これじゃ勇者様の勇士が見られませんわ」

「ん、姫様。勇者様は一度も魔王と剣を交えた事なんて無いよ」

「え?」

 僧侶の発言に間の抜けた声を上げる姫。

「じゃ、じゃあ先代の魔王はどうやって倒したんですの?」

「倒したっていうか、勝ち取ったっていうか。普通に将棋で勝ったんだよ」

「将棋…」

 姫は、夢を壊されたように悲しい顔をする。

「で、でも。つまりは、勇者様は武闘派でもあり、将棋でも魔族に勝つような優れた頭脳の持ち主ってことですわよね!」

「まあ、そうだね。前の戦いでは、先代魔王が二歩をやらかして勝手に負けてたけど」

「夢も希望もありませんわ!」

 姫は頭を抱えて蹲る。

「うん。やらかした先代魔王自身、自分の過ちに衝撃を受けすぎて、腰を悪くして引退したんだってさ。今もご健在らしいよ」

「将棋をきっかけに跡を継いだ今の魔王様、中々に不遇ですわね」

「はは」

 僧侶のその乾いた笑いに、姫も思わず同じように笑い返していた。




 ◇ ◆ ◇




 例によって、魔王の配下のゴブリンたちがテニスコートやら使用する道具やらの準備を進めている最中、女性陣は日陰になるところでその様子を眺めていた。


「ねえねえ、姫様はテニスやったことあるの?」

 まーちゃんにそう聞かれて、姫は自慢げに指を立てる。

「私はありませんけど、テニスを題材にした漫画なら読んだことがありましてよ。それに、勇者様もその手のスポーツはたしなんでらしたと記憶してます」

「そうなんだね!私はやったことも見たことも無いんだ。どんな遊びなんだろう」

「ふふ、きっと勇者様がプレーすれば神業の雨嵐になるはずですわ」

「楽しみ!」

 まーちゃんは嬉しそうにテニスコートを眺めた。


「こういうの、懐かしいわぁ。昔は、私も夫とよく遊んでました」

 王妃も懐かしそうに準備中のコートを眺める。

「私が相手の時は、随分と手加減して貰ってた覚えがあるわ」

「お父様、強いんだねぇ」

 まーちゃんの言葉に王妃は「そうよぉ」と返す。

「今日はきっとすっごい激戦になるわ。お父さんのビームみたいなスマッシュが炸裂しちゃうかもね」


 横に居た僧侶が、「魔王様ならスマッシュでも十分な殺傷能力がありそうね」と呟く。

 それを聞いた姫は、「大丈夫ですわよ」と平然と答えた。

「勇者様だって、きっとコートに竜巻を起こしたり、分身して攪乱したり、巨大化したりくらいできます。魔王様に、そう簡単に引けはとりませんわ」

「姫様、ほんとにテニスの漫画読んでた?」


 竜巻やら分身やらは無いにしても、確かに魔法や剣術の応用が飛び交って大変な試合にはなりそうだと察して、僧侶は心配そうに溜息をついていた。



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