第7話 勇者は迷いませんでした
「―――不覚でしたわ。まさか、卵が空を飛んで逃げ出すだなんて」
「お姉ちゃん、空も飛べないんだねぇ。人間さんって大変」
そんなことを言いながら、姫とまーちゃんの二人は仲良く魔王城へと帰って来た。
「お父さんに、今日の成果を伝えてこなきゃ」
まーちゃんはそう言って真っ直ぐに魔王の玉座の部屋へと向かう。
姫も、何となくにその背中を追いかけて魔王の元へと足を運んだ。
「―――うむ、まーちゃん。今日はどうだった」
「ちゃんと、卵ゲットしたよ!お姉ちゃんは、何回かバジリスクに踏まれて血を吐いてたけど」
そう魔王に報告するまーちゃんの後ろで、「そういうことは言わなくていいんだよ?」と姫は穏やかに諭した。
魔王の隣には、朝方にも姫と話した王妃が微笑みを浮かべてその様子を眺めている。
そんな矢先。
魔王城に、一般家庭と変わらない軽快なインターホンの音が小さく響いた。
「あら、お客さん。今日は天気も悪いでしょうに、誰かしら?」
そう首を傾げる王妃をよそに、魔王は「余が出よう」とその腰を上げた。
玉座の間を出る―――前に、扉の横にあるインターホンのモニターに手を伸ばす。
「はい、魔王ですが」
「―――」
魔王が、モニター越しに誰かと話している。
「…突っ込みたいことは山ほどありますが、ちょっともうやめておきますわ」
姫は呆れ顔でその様子を眺める。
しばらく話した後魔王が戻って来ると、彼は気が重そうに王妃のほうへ視線を向けた。
「勇者がもう来たそうだ」
「あら、早いわねぇ」
王妃がそんな風に穏やかに驚く横で、まーちゃんは「勇者様!?勇者様が来たの!?」と大喜びで顔を赤くしていた。
姫は、どうしたものかと腕を組んで何やら考え込んでいた。
◇ ◆ ◇
「と、いうわけで、八代目魔王。姫、返してもらえるかな」
「そう簡単に、返してもらえるとでも?」
王の玉座で腕を組む魔王と、その正面で棒立ちしている勇者一行。
自信満々に王らしさを醸し出している魔王に対して、勇者一行はそれほど鬼気迫る表情を見せてはいなかった。
「というか、要件は何だったんです?あなた、別に世界征服とか打倒勇者とか、そんな目標掲げてませんでしたよね」
「いや、そんなことはないぞ。今、余は明確に貴様を敵とみなしている」
「ほう」
敵と言われ、勇者は若干眉を吊り上げる。
「見ろ、うちの娘の眼差しを」
「…?」
まーちゃんは、相も変わらず憧れの眼差しを勇者に向けている。
僧侶が、小さな声で戦士に耳打ちする。
「魔王様って、娘さんがいたんですね」
「そうらしいな。ありゃ、随分と甘やかされてる顔だ」
「悔しいですけど、結構かわいいですね」
「…お前、そういや子供は好きな方だったか」
勇者は、いまいち何の話なのかわからず首を傾げた。
魔王はそのまま話を続ける。
「隠さず言おう!うちの娘はお前が好きだ!」
「なんで言うのお父さーーん!」
まーちゃんは顔を真っ赤にして、その小さな手で魔王をぽかぽかと叩き始めた。
「そ、そうですか…」
勇者は困り顔でそれを受け流す。
「だが、余はまだそれを許すわけにはいかぬ。貴様が、娘と釣り合う程の男であるとわからなければな!」
「はい」
どう返事をしたらいいか分からず、勇者はとりあえず素直に頷いた。
勇者の隣にいた戦士が、指の骨を鳴らしながら前に出る。
「で、どうするつもりなんだ?」
戦う気満々の戦士の気迫にまーちゃんは息を呑むが、魔王は堂々と「決闘をしようではないか」と申し出た。
「…やるしかないみたいね」
僧侶も覚悟を決めたように魔王を見据える。
魔王が立ち上がり、勇者が何かを構えた瞬間。
隠れてその様子を窺っていた姫は、慌てたように柱の陰から飛び出していった。
「ちょ、ストップストーップ!待ってくださいまし、今ここで戦いを始めるつもりですの!?近くにまーちゃんも王妃様もいるんですのよ!」
そんな姫の叫びも叶わず、勇者は既に武器を抜いていた。
「―――デュエルスタンバイ!行くぜ、魔王!」
突如カードを構えた勇者を見て、姫はスカートを踏んで勢いよく転倒した。
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