第6話 姫様は諦めませんでした
「酷い目に遭いましたわ」
そう言いながら、姫とまーちゃんはお菓子屋店舗の調理場に積まれた大量のサトウキビを目の前にしていた。
「…で、これをどうしたら?」
「絞って、ろ過して、煮詰めて―――いろいろやると、砂糖になるんだって。私も、やったことないんだ」
「絞るんですのね。…わ、何か出てきた」
「わわ、もったいないよ」
床に落ちそうになった糖の液を、まーちゃんがあわててボウルで受け止める。
「結構な作業になりそうですわね。お手伝いは居ないのかしら?」
「後で、お友達に声を掛けてみようかな。今日は、二人でのんびりやろうよ」
「まあ、それはそれで面白いかな」
まーちゃんに笑顔を向けられてなんだか恥ずかしそうな顔をした姫は、魔王がいつのまにか厨房に置いて行ったレシピ本を何度もよく読みながら、時間をかけて砂糖づくりに励みだした。
◇ ◆ ◇
翌朝。
姫が当然の様に部屋を出て魔王城内をうろついていると、どこかから、嬉しそうな声と共に誰かが近づいてくるのを感じ取った。
「あらあら、姫ちゃん~!また来てくれたのね~」
「…あ、王妃様。お変わりありませんね」
今までに何度も攫われた姫は、とっくに魔王の奥さんとも顔見知りになっていた。
「聞いたわ、遂にうちの娘と遊んでくれるようになったのねぇ」
「…やむを得ず、です。私、別に皆さんと慣れあうつもりは」
気まずそうに目を逸らす姫に対して、王妃は構わず姫の頬をつついた。
「でも、まーちゃんと一緒にお菓子屋さんなんてやるんでしょう?あの子、張り切ってずぅっとお手製のレシピ本も作ってるのよ」
「ん、まあ。あの子が楽しそうなのは、私としても嬉しい事ですが」
「いい子ねぇ、このままあの子のお姉ちゃんで居て欲しいわ」
そうにこにこ笑う王妃の様子に、姫は困ったような顔をした。
「あの、王妃様。こう何度も、何の断りもなく魔王城に連れ去られては困るのですが。私とて一国の姫ですので、急にいなくなれば国の者も困るのです」
「あら、お堅いのねぇ。うちのワークスタイルなら、一週間の休暇くらい取得しても誰も文句は言わないわ?」
「いや、魔王城のワークスタイルとか知りませんけども」
姫は呆れたように溜息をつく。
「じきに、勇者様が迎えに着たら、私は帰ります。王妃様からも、まーちゃんには勇者様のことは諦めろと伝えておいてくださいね」
「つれないわねぇ。いっそ、勇者様も入れてみんなでここに住んだらいいのに」
「仮にも、先代魔王を葬った勇者様ですよ?本気で言ってますか?」
「魔族は過去のことは気にしないのよ」
そんなことを言うが、この人はさては先代魔王のことは嫌いだったんじゃなかろうか、などと姫は邪推した。
それから、お菓子屋店舗にまで足を運ぶと。
そこには、ひたすらサトウキビの加工を行う魔王の部下の姿があった。
「魔王様、これは?」
「今日は、手の空いてそうな部下が居たのでな。折角なので、こちらの手伝いをするように指示をした」
「…その人手を使って、既成の材料を購入する手続きを行えばよろしいのでは?」
姫がじとっとした目を魔王へ向けると、彼はまた何食わぬ顔で厨房へ視線を逃がす。
「いや、まーちゃんが素材集めも楽しいというのでな。であれば、既製品を金で買うよりも、昨日のように汗水流して手に入れる方が達成感もあるというもの。姫には引き続き、まーちゃんとの冒険を楽しんでもらおうかと」
「…悪魔の所業ですわ」
「魔王だが」
「そうでしたわね」
姫は何とも悔しそうな顔で舌打ちをする。
「おねーちゃん!今日はバジリスクの小屋に見学に行って、卵を貰って帰ってくるんだって!」
「碌な目に遭わない気がしますわ!」
全力で拒否をしようと壁に張り付いた姫だったが、まーちゃんの笑顔にあてられて、結局はまた渋々素材集めへと外へ繰り出す羽目になるのだった。
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