第5話 姫様は知りませんでした
「なんですかあれは!私が知ってるサトウキビじゃありませんでしたわ!」
お菓子屋店舗まで戻ってきて、膝を抱えて蹲る姫は、まーちゃんに頭を撫でられながら慰められていた。
「おねーちゃんの知ってるサトウキビは、誰かが近づいても反撃しない温和なサトウキビだったのね?」
「サトウキビに温和も狂暴もありませんのよ!ふつう、植物はあんなにアクティブに動きませんわ!」
涙目でそう訴える姫だったが、まーちゃんはいまいち理解できない様子で首を傾げた。
「ううん…。でもこれじゃあ、砂糖が手に入らないよ」
「ほ、他に代わりになるものは―――いや、いいですわ。どうせ、何を採りに行っても同じ目にあうのでしょうし」
床を指でなぞっていじける姫だったが、このままいじけていても何も始まらないとは自覚しているようで、思い悩むように顔を暗くする。
少しの間考え込んで、姫は覚悟を決めたように口を開いた。
「…もう一度。もう一度だけ、行ってみますわ」
「…大丈夫?」
「当然ですわ。だって、私はあの勇者様と結ばれる、志高い姫君ですもの」
「む。私だって勇者様と結婚するんだよ」
対抗するようにまーちゃんが小さな拳を握って見せるが、姫はそれを鼻で笑うように一瞥する。
「残念。わが国では一夫多妻制は設けられておりませんの」
そう言って顔を背けると、姫は意地になったような様子でまた畑のほうへと足を向けて歩き出した。
「着いてきなさい。私が、あのサトウキビを見事に収穫して見せますわ」
僅かに青ざめているような顔で、姫はそう宣言した。
「お、戻って来たな。引き籠りって噂の姫様も、そろそろ社会に出る必要性に気付いたのかね」
「あなた、その軽口をどうにかしないと後で勇者様に討伐して頂きますわよ?」
「へへ、冗談っすよ」
イタチの魔物はにやにや笑ってサトウキビのほうへと視線を逸らした。
「で、どう収穫するのですかこれは。一見、人間では収穫不可能にも見えますが」
「そうだな、俺だったらこのカマ振り抜いて一発で仕留めるんだが。姫様、斬撃系の魔法は使えないのかい?」
「生憎、私は回復魔法専門ですわ。攻撃はからっきし」
「ありゃ、そりゃちょっとしんどいかもねぇ」
イタチは困ったように頭を掻く。
「見てな、とりあえず手本を見せてやるよ」
彼がカマを構えて動きを止めると、サトウキビは警戒するようにイタチのほうへ鋭い先端を向ける。
「ふっ!」
イタチは、一瞬だけカマを振る動作を掛ける。
それに合わせて地中から飛び出してきたサトウキビをステップで躱すと、その直後にカマを振り抜いて辺り一帯のサトウキビを見事に刈り取って見せた。
「見たか、今の。一回フェイントかけるのがコツなんだよ」
「勇者様みたいな動きしてましたわ…怖…」
こんなの普通だぜ、とイタチは鼻を擦る。
「ま、姫様は怪我人が出た時の救護役でもいいかもな。まーちゃんはあらかた魔法は憶えたんだよな?」
「うん。テレポートと飛ぶ斬撃で、似たようなことが出来るかな?」
「できる、できる」
平然と上級魔法を羅列するまーちゃんの様子に、姫は愕然とした顔でそのあどけない笑顔を直視した。
少しサトウキビから遠目に構えて、まーちゃんは手を挙げて「行きまぁす」と声を出す。
右手を前に構えて、サトウキビの注目を引く。
「斬っ!」
そう言いながら、実際にはテレポートの魔法を使って、人ひとり分の幅だけ横に移動してサトウキビの攻撃を躱す。
「ほんとの斬っ!」
今度は本当に右手から飛ぶ斬撃を放つと、正面一帯のサトウキビは見事に刈り取られて辺りに散らばった。
「さすが、魔王様の娘さんだぜ。あとは、風魔法でも使って、散らばりそうになったサトウキビを回収出来たら完璧だな?」
「そっか!次は、そうしてみる!」
「おうよ」
そんな風に話す二人の様子を、姫はただ指をくわえて眺めている。
「わ、私だって」
「ん?」
「私だって、一本や二本くらいなら刈り取れますわ!」
「あ、待て姫様!」
姫は、傍らに置かれていたイタチ用のカマを持ち上げて走り出す。
「無理無理、死ぬって!やめろ姫様!」
「喰らいなさい!必殺、姫ステップー!」
そう叫びながら、姫は横にぴょんぴょん跳ねながらサトウキビに向かっていき―――
「ブファッ!!」
「姫ーーー!!!」
いとも容易くサトウキビに腹部をぶち抜かれた。
「お、おねーちゃん!大丈夫!?」
力無く横たわる姫のもとに、まーちゃんが慌てて駆け寄る。
「だ、大丈夫だよぅ…。ほら、これが回復魔法、傷がすーぐ塞がるでしょう…」
「わあ、すごい!おねーちゃん、不死身!」
イタチは小さな声で「イカれてやがる…」と声を漏らす。
その後、姫はもう一度だけと言って再度サトウキビに復讐を試みた。
当然、彼女はまたサトウキビに貫かれて、今度は洗濯物のように天高く持ち上げられるのだった。
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