第4話 娘は小慣れていました




「食材の用意は任せろと言ったな。あれは嘘だ」

 翌日に足を運んだお菓子屋店舗の中は、綺麗なほどに空っぽだった。


「魔王様?話が違いますわ?」

「いや、用意しようと善処はしたのだ。だが、流石にハードスケジュールを部下に強要しすぎて、妻に昨晩死ぬほど怒られた」

 何食わぬ顔で、魔王はそう答えた。

「だが、まーちゃんは今日から店を開店する気で大いに張り切っている。そこでだ。姫に頼みたいことがあるのだが」

「絶対に嫌ですわ」

「余の部下が運営する牧場や畑で、食材の調達からやって欲しいと思う」

「絶対に嫌ですわ!」

 食い気味に嫌がる姫の様子に、魔王は膝をついて手を合わせ始めた。


「頼む!まーちゃんの期待を裏切りたくはないのだ!あの笑顔を前にして、もう数日間待っていろ、とは口が裂けても言えぬ、頼む!」

「そんなこと言ったって、もうじきまーちゃんもここに来ますわ!たった一時間足らずで、何を準備しろっていいますの!?」

 土下座でもする勢いの魔王を見下ろすような形で、姫は激高して腕を振り回す。

「じゃ、じゃあ、こうしよう!『たのしい食材集め体験』を姫と一緒にやるというアクティビティとして、まーちゃんと―――」

「私はインストラクターじゃなくて王国の姫君ですのよ!何をどう教えたらいいのですか!」

「なんとかする、臣下にも上手く伝えておく!」

「ぬ、ぬう…!」


 そんなことを話していると、彼らの予想よりもずっと早く、まーちゃんはそこへ現れた。

 期待に溢れた、満面の笑みで。

「お父様、おねーちゃん、おはようございます!すっごい、素敵なお店ができたのね!わく、わく!」

「「まーちゃん!」」

 息ぴったりの動きで振り返る、魔王と姫。

 二人揃ってあわあわと手を振った後、姫のほうが先にまーちゃんへと声を掛けた。

「お、おはようございますわ!まーちゃん、今日は絶好のお散歩日和ですわね!」

「うん、人通りも増えそうだね。きっと魔物の皆もお店に来てくれるよね!」

「あわわ!」

 お散歩日和だから今日はお菓子作りはやめにしよう、と続けるつもりだった姫様は情けない声で視線を魔王へと逃がす。


「ま、まーちゃん。今日は、お菓子を作るのを楽しみにしていただろう。ところで、お菓子作りというのは一体何から始めたらいいと思う?」

「うん?そうね、もう作りたいものは一生懸命考えてきたから―――まずは、試作品を作るところから、かな!お父様、ここにフロストストロベリーの果肉はあるのかしら?」

「あ、ああ。フロストストロベリーといえば、最果ての氷雪地帯、中心部に居る幻の魔物から採れる絶品の食材だな。そうだな、うん、今から取りに行けば、我なら十四時間くらいで…」

 おろおろする魔王の姿を見て、姫は「これは駄目だな」と悟って諦めた表情をした。


「…まーちゃん。ごめんね」

「姫!?」

 やめてくれ、と言った表情で魔王は懇願するが、それを制止して姫は続ける。

「食材の準備、できなかったんだって。それでね、私、まーちゃんと一緒にやりたいことがあるのだけれど」

 その言葉に、まーちゃんはショックを受けたように目を丸くした。

 少し泣きそうな顔をしながら、彼女は黙って姫の次の言葉を待つ。

「幻の食材は難しいけど、私と一緒に、卵とか、砂糖とか、そういう材料集めを一緒にしてみないかなって。ほら、材料集めもお菓子作りの一部でしょう?」

「…!」

 まーちゃんは、また表情を明るくして、嬉しそうに姫と目を合わせた。


「やる、やりたい!まーちゃん、そういうのも一度やってみたかったの!牧場で乳絞りをしたり、砂糖を原料から作ってみたり!」

「じゃあ、決まり!今日は私と一緒に、あちこちで素材集めだ!」

「やったぁ!」

 まーちゃんは両手を大きく上にあげて、ぴょんぴょん跳ねてそれを喜んだ。


「…姫。恩に着るぞ」

「まったく、魔王様は頼りになりませんね」

「ふはは。妻にも似たようなことをよう言われるわい」

 そう言って笑う魔王を見て、姫も仕方が無いように小さく笑った。


「じゃあ、我は他の仕事があるのでな。畑の者には伝えておくから、今日は小麦やサトウキビでも集めてくるがよい」

「あなたは来ないんですのね」

「これでも王であるからな、忙しいのだ」

 わかりました、と姫が言うと彼は踵を返してそこを後にした。




 ◇ ◆ ◇




「おう、よく来たな姫様。人間の娘がうちのサトウキビを収穫するなんて驚きだが、まあいい経験だろう。採り方は教えてやるから、最後は自分で収穫できるようになるんだぞ」

 畑で仕事をしていたのは、大きなカマを持ったイタチの魔物。

 そして、その背後には、何故か鳥やら獣やらが串刺しにされて血まみれになっているサトウキビが生い茂っていた。


「ここのサトウキビ、下手に触ろうとしたらカウンターをしかけて串刺しにしてくるから。気をつけて収穫しないとだめだぞ」

「…」


 姫の傍らで、まーちゃんが楽しそうに手を挙げて「わかりましたぁ!」と返事をする。

 姫は暫くそこで立ちすくんで、植物とは思えないような動きでそこらの鳥たちを刺し殺し続けるサトウキビを眺める。


「無理ですわーーーー!!」


 姫は即座に踵を返して、そこから逃げ帰った。



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