第一章 六話

昨夜の問いに俺は答える事が出来なかった。

延暦寺のある比叡山も半ば。斬童丸と忍葉の二人は無言で歩を進めていた。


(復讐の道を諦める。そんな事考えた事も無かった。でも、俺は人を切る事に迷っている)


「忍葉、君は俺に仲間を斬られたが憎くないのか?」


後ろを歩く忍葉が、顔を上げる。


「さぁ、お主と戦う前の儂なら何か思ったのかもな……」


彼女はそう言って、俺を追い抜かし山道を登っていく。

彼女も俺との一戦で、何か心境の変化があったのだろうか。


鉄の擦れる音がした。


その音のする方へ振り向く、額に何か重たい物が直撃した。


死んだ?


天と地が翻る。視界の先、忍葉が此方に駆け寄って来るのが見える。


(まだ、答えは見えぬまま。死ねると言うのか)


背中から倒れる斬童丸を、忍葉が抱える。

その先には、分銅に付いた血を拭う甲賀の者が一人立っていた。


「ちっ、咄嗟に後ろにでも飛んだか?なんという反射神経か」


「貴殿は、『甲賀の火』」


ピクリと、忍葉の手の中で斬童丸が動く。

額を割って、多くの血を流しているが生きている様だ。


「忍葉、奴を知っているのか」


「ああ、注意しろ斬童丸。奴は儂の師だ」


忍葉が震えているのがよく分かる。

彼女が震える程の相手、いったいどれ程の強さを持つのか、この手で知りたい。


「迎えに来たのだ!俺の跡目はお前しかいない忍葉。帰ろう甲賀の里に」


忍葉に向かって手を差しだす。彼女の師。

忍葉は、柄にも無く俺を見つめて来る。


「俺を気にしているのか?あれ程、俺を突き放しておいて」


クスリとこんな状況で笑みが零れる。


「なっ、き、気にしてなんかいなぞ!わ、儂はな」


慌てふためく忍葉を、見ていたいがそうも言っていられない。

胸に沸き起こる熱をそのままに、斬童丸は立ち上がる。


「忍葉どうやら俺は、何処まで行っても剣に生きる性分らしい。この者を見たら、自分を試さずにはいられなくなった」


「斬童丸、お前では」


「止めるな、答えは見えた。後はそれをどう掴むか、一度振り上げた剣は最後まで振り下ろす」


忍葉の静止を振り切り、斬童丸は腰の太刀を抜いた。


「くっくっく、良いぞ斬童丸と言うのだな。俺達に似た剣に酔う鬼と見た。そうさな、剣鬼とでも呼ぶか」


斬童丸の行動がそんなに面白かったのか、忍葉の師は愉快に笑う。


「忍葉の師、恥を忍んで問う。貴殿の名を知りたい」


「甲賀が上人『火』の烈司と言う」


「忝い烈司殿。では、存分に殺し合おう」


「応、我が愛弟子を下したその腕見せて貰おう!」


空を切る音と共に飛んでくる。先程俺の額を割った『分銅』。一度この目にしていなかったら、ここで死んでいたやもな。


それを躱し、烈司の手から伸びる鎖を掴んで引き寄せる。


(なんと言う怪力!しかも片手で)


引き寄せられる烈司は、少し額に汗を掻いた。


が、引き寄せられる力を利用し烈司は飛んだ。もう片方の手は、腰にある小太刀に向かっている。


(ああ、良く見えている)


斬童丸は右手に持つ太刀を捨て、烈司が小太刀に伸ばす手を掴んだ。


「!!」


そして、開いた烈司の腹部に蹴りを放つ。腹部を押さえて大きくよろめく烈司に、斬童丸はそのまま徒手空拳で向かう。


太刀を捨てるという暴挙。その行いに寄って生まれる自身を超える強者と渡り合う力。


(そうだ、私との死合いでもアイツはそうだったんだ)


二人の戦いを目にして忍葉は思う。斬童丸が持つ力の本流を。


「くっく、なるほど忍葉が破れたのも納得。だが、我々を舐め過ぎだ!」


「ぐっ!」


足に激痛が走る。何かを鋭利な物を踏んだ。『撒菱』だろう、いつ撒いたか分からなかった。無暗に相手を追い過ぎたか、しかしそれだけに足を止める訳にはいかない。


「なっ!!」


「お前もなっ!!」


烈司の襟を掴み、その顔に頭突きを御見舞いする。血を吹き出しながらも烈司は、地面に撒菱を撒くのを止めない。


「ぐふっ、これでも追って来れるか!!なっ!?」


頭突きを食らい涙で歪む烈司の視界。それが捕らえたのは、迫りくる飛び蹴りだった。

再びその顔を襲う鈍痛。


しかし、攻める斬童丸も只では済まなかった。飛び蹴りを成功させても、その代償に着地の瞬間、地面に撒かれた撒菱が彼を襲う。


「ぐぎぎぎ、何のこれしき!」


身体のあちこちに刺さる針の痛さを、根性で堪え烈司に殴りかかる。

しかし、ここで斬童丸は違和感を感じ取って踏みとどまった。


(撒菱がねぇ)


「ハハ、普通ここまで来て気が付くかよ」


鼻血と涙でぐしゃぐしゃになった顔で烈司が言う。

その体は半身になって、小太刀を隠して構えていた。


(アブねぇ、あのまま殴りかかっていたら切られていた。だが、どうする。後ろは撒菱で退がれねぇ、前に行けば切られる)


「ここまで、俺に手傷を負わせたんだ。冥途の土産に俺が火と呼ばれる所以を見せてやるよ」


「斬童丸!!」


烈司はそう言った瞬間。目の前に忍葉が飛び出してきた。


「忍葉!?お前、どうやって撒菱は!?」


「少し黙って目を閉じてろ!!」


忍葉の足元を見ると、血が流れている。


(コイツ、あの撒菱の中を走って来たのか!)


烈司と忍葉は二人共、目にも止まらぬ速さで懐から竹筒を取り出し、その中にある物を口に含んだ。次に手首にある何かを弾いたと思ったら、目の前は火の渦へと変わった。





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