第一章 七節

目を辛うじて開けるのがやっとの熱。忍葉に守られその背を見る。

火花が散る。その業火の中。


忍葉の後ろ姿を、斬童丸は美しいと思った。


(二人は、火を放っているのか!?なんと人知を超える技か、これが甲賀の強者。やはりこの二人に俺は遠く及ばない)


「かはっ!!」


先に値を上げたのは忍葉だった。しかし目前の業火は直ぐ消え去り、その先にいる烈司の姿が現れる。限界なのは、どうやら烈司も同じだった様だ。奴は立っているのもやっとの虫の息。


(休む暇は与えさせん、忍葉が与えてくれたこの好機!必ず次に繋げる)


「借りるぞ!!」


忍葉の腰にある小太刀を抜く。


「ちゃんと返せよ」と後ろで聞こえた気がする。ふと、こんな時に笑みが零れる俺はやはり、剣に狂う鬼なんだろうか。


「来い!!斬童丸!!」


口元の布を取って烈司が吠える。

そこに、地面にあったありったけの撒菱を投げる。


それに烈司は怯む事は無かった。体中、瞼に刺さる撒菱にも瞬き一つせず斬童丸を待ち構えている。


(すげぇすげぇ、やっぱり世の中は広い。こんなに強い奴がいる。延暦寺を出て正解だった)


斬童丸は右手から小太刀を、左手に持ち替える。


「「!!」」


その時、烈司は既に動き出していた。烈司の間合いに入ってからの斬童丸の行動。

如何に烈司と言えど、振り切る小太刀を止める事は出来ない。


だが、その手は止められた。斬童丸によって。


小太刀をきり替えて開いた利き手が、烈司のその手を止める。

止めた手を中心に円を描き、左で持った忍葉の小太刀が烈司の胸を貫いた。


「……あの状況で、動くか。完敗だ……」


「俺だけでは、敵わなかった」


「つまらんことを言うな……お前ら二人が来る事は分かっていた。それを踏まえた敗北だ。

これからどんな事があろうと、お前等なら乗り越えられるだろう」


烈司が胸に刺さる小太刀から、身を引いて引き抜く。

胸からは、多くの血が流れ出る。


「し、師匠……」


足を引きずる忍葉が、零れる様に言う。

烈司は、強く瞳を閉じる。


「忍葉お前は、優しいが時にそれが甘えと成る。強く生きよ。そして、斬童丸これは俺からの餞別だ。忍葉を頼むぞ」


目を見開き烈司が切りかかって来る。

俺は、咄嗟に彼を切り伏せた。


(餞別、烈司は俺達の話を聞いていたんだろう。それでいてこの様な)


忍葉は、烈司の遺体の手を握って涙を流した。

彼女が涙を流す所を、俺は初めて見る。


気の利いたことは言えぬが、彼女が言った事だ。


「忍葉、昨夜の事だ。俺は復讐を辞めない、辞める事は出来ない……俺は答えたぞ。お前の話を聞きたい」


面と向かって言うのは、憚れる。

投げ捨てた太刀を拾いながら、斬童丸は言う。


「!!」


涙を流しながら、振り向く忍葉。


自分を思う師が居た事、価値の無い場所だと思った甲賀の里。気づく頃には遅く、しかしそれでも、新しい居場所が彼女には出来た。


『強く生きよ』


忍葉は、流した涙を拭って答える。


「斬童丸の癖に生意気言うな。儂は考えても良いと言っただけだ!」


「な、ここは言う流れであろうが!」


ズルリと、踏み外す斬童丸。


「まぁ、しかし。背中を預ける仲としては認めてやろう」


「む、それは。中々嬉しい気もせんでも無い」


ゴニョゴニョと、言葉を濁す斬童丸。


「なんじゃそれは」


それに笑みを咲かせる忍葉を見て、斬童丸はそっぽを向いた。


「何でも無いわ!」


(あの笑顔は卑怯だ!)


拗ねて先を行く斬童丸に、忍葉は声をかける。


「おーい、撒菱を踏んで足が痛むのだ。また背負ってくれぬか斬童丸―」


「それは俺も同じだ!」


「釣れないのう!」


ブーと、頬を膨らませ、忍葉は斬童丸の背を追った。




延暦寺に付き、斬童丸と忍葉は先ず旅の汚れを落とした。多くの血と泥が流れて行くのを見て、斬童丸は自身の行った事を振り返る。


生まれ過ごした大江山。

両親と山の皆を殺した源頼光と四天王達、そして唯一人生き残った俺。

そんな俺を拾い育ててくれた延暦寺の皆、悟真殿。

五年という月日を剣に賭け、討った碓井貞光。しかし、心曇る我が道を忍葉と烈司は掃ってくれた。感謝せねば。


だが、斬童丸は思い違いをしている事に気が付いてはいなかった。

少し心にしこりが有る事に、今はその目を背けた。


怪我の治療を終え、斬童丸は悟真と対面する。


「出て行くと言って、直ぐ帰り戻った事恥ずかしく思う。が、悟真殿、俺は貴方に今一度感謝したい。そして謝りたい。俺は五年間育てて貰っておきながら、自分は孤独だと思っていた。貴方を口では親だと思っているなど、心にもない事を言った」


風呂殿から帰った忍葉が、その部屋を通りがかる。

二人の空気に気を効かせ、入室は控えたが入る気を逃して盗み聞く形となった。


「実際、私達に血の繋がりは無い。仕方の無い事でしょう」


悟真は、いつも通り温かな表情で言葉を返す。


「けれど、死の間際初めに思い出したのは此処でした。私の帰る場所は此処です」


斬童丸の迷いなき顔に、悟真は自然と涙が出た。


(数日と見ない間に、ここまで成長するとは……)


「大きく成りましたね、斬童丸」


そっと、悟真は斬童丸を抱き寄せた。

それに斬童丸は照れつつも、答える。


その廊下で、鼻を啜りながら忍葉は烈司との修行を思い出していた。


(親か、フフッ。師匠は儂をどう思っていたのか)


これ以上の盗み聞きは無粋。

忍葉は、その場を後にした。





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