第一章 三節

頼光四天王の一角を討ったと広まれば、追手が来るのは必然。


悟真殿の息子、藤原成房殿の館を訪ねた。




「急に押しかけて申し訳ない。成房殿」




「き、斬童丸殿!どうされたのだ!そ、そんなことより、早く治療しなくては」




成房殿は、俺の肩から滲む血痕を見て慌ただしく招いてくれた。


源頼光が仕える藤原氏と関係がある成房殿を、頼るのは気が重いが今は手段を選んでられない。




「で、その怪我どうされたのだ」




治療を終えて成房殿は、真剣な顔で問うてくる。


治療の恩に答えぬ事は出来ん。斬童丸はありのままを話した。




「すまぬ、直ぐに此処を離れるつもりだ。治療、礼を言う」




治療を終えた右肩に袖を通す。




「その怪我です。今日ぐらい泊って行きなさい」




成房殿は、斬童丸の話をただ優しい面持ちで聞くだけで何も言わなかった。


その顔は、成房の父である悟真によく似ている。




今でも貞光を討てた事が、不思議でならない。あの時は、延暦寺の皆を思い出していた。


怒りに身を任せず、ただ貞光の攻撃に太刀を合わせた。




あの感覚は、何だったのだろうか。ただ、今は感謝したい。




「忝い……」








右肩の怪我が熱い。


夜も更け、床についても斬童丸は寝付けずにいた。




(このままで、俺は復讐を遂げられるのか。今追手に見つかれば生きていられるか)




唯一人、孤独に死んでいった貞光の姿が脳裏にこびり付いて離れない。


不安で押しつぶされそうだ。枕元に置いてあった太刀を取って抱きしめる。




少し、安心した。




『敵討ちか、残念だ』と、貞光の声が聞こえた気がして目を覚ました。




「!!」




「何奴!!」




そこには、斬童丸の寝首を掻こうと小太刀を向けている者の姿が合った。


抱いて寝ていた太刀を、抜きざまに振り切る。




全く音をたてず、軽やかにかわす黒装束の者。




「窺見か……」




(それにこの人数、さばき切れるか)




斬童丸に与えられた寝室には、五人の窺見(忍)が囲う様に身構えている。


黒装束の者達が、懐に手を入れる。




(投げ物!)




斬童丸は、思い切り畳の端を踏んだ。少し違うが見様見真似、貞光の技を借りる事にした。


衝撃でめくれ上がった畳を盾に、黒装束の投擲物から身を守る。




「小癪な!」




「待て!焦るな!」




トンと、畳を隔てた先に着地する感じを足の裏が捕らえる。


同時、斬童丸は鞘に戻していた太刀を抜刀。その勢いで畳諸共黒装束の一人を切り伏せた。




狼狽えるのが分かる。だが、その中で一人。仲間の死にも微動だにしない者がいる。


まだ右肩の怪我は開いていない。このまま引いてくれれば助かるのだが。




ジャラリと、鎖の音がした。考えを巡らせる暇も与えてくれぬ。


暗がりの部屋の中、まだ目が慣れていない。恐らく鎖鎌か、何かだろう。




斬童丸は次に布団をめくり上げ、鎖使いの方向に投げて被せる。


続けて、そこに太刀を突き刺す。手応えあり。




「二人目、後残るは三人か……」




突き刺した布団は、見る見る赤く染まっていく。




「やはり、貞光様を殺ったというのは本当だった様だな」




「ん、何だ。話せるのだな」




仲間の死に微動だにしないのは変わらぬが、斬童丸が一番強いと感じていた者が口を開いた。




「フッ、軽口もそこまでだ」




その者はトンと、軽やかに踏み込んだかと思えば、一足で斬童丸との間合いを詰めて来た。


早いなんてモノでは無い。太刀では間に合わない、ここは捨て身で一か八か。




「なっ!」




相手の背丈が小さいのもあって、体当たりは正解だった。


しかし、今ので完全に傷口が開いた。怪我を庇う暇も無く、咄嗟に出した右肩が諸に当たってしまった。




「ぐっ!痛っー……」




体当たりで吹き飛んだ相手は、寝室の障子を破り庭に出た。




「忍葉様!!」




「ひっ」




油断した一人の首元に一太刀。白い壁に血で出来た赤い線がなぞられる。


それに反応して、もう一人が両手に小太刀を二本構えるが、その小太刀では受け切れないだろう。幸い興奮してか、余り右肩の痛みを感じない。




斬童丸は、太刀を振り上げそのまま強く振り下ろした。思った通り二刀の小太刀は砕け、黒装束の頭は割られた。




「ふぅー、さて残るは」




庭に出ると空には満月。こんな日には、嫌な事を思い出す。


そういえば、あの日初めて人を斬ったのだっけ。今では、五人も切って切ったり。




「お前が、抜かせたんだぞ」




「鬼気迫ると、言った感じだな」




月明りに照らされ、先程まで見えなかったものが見えて来る。


先程の接触で外れたのか、顔を覆っていた布が無い。




小さな背格好に丸い瞳、ぷっくりとした薄紅色の唇と高い声。




「お前……もしや女か」




長い沈黙。




「…………違う」




「うん、女だな。俺は女子は切らん。ましてや、見た限り俺より歳は下だろう。襲ってきた中に他にも居たのだろうが、そこまで器用では無い。去れ」




「舐めるなよ」




「!!」




彼女から並々ならぬ気配を感じ取り、斬童丸は懐にくすねていた黒装束の投擲武器を投げる。それを簡単に交わす事を斬童丸は信じていた。




「こんな物!!」




彼女は、高く足を振り上げ足袋で投擲武器を蹴って弾く。その柔らかな動きに見惚れそうになる。それほど彼女の動きは美しかった。




斬童丸は投擲と同時、彼女との間合いを詰めていた。


左の腰に差す太刀に手をやる。彼女も腰に差す小太刀に手をやっていた。




殺しだったら、近距離に分のある彼女が勝っていただろう。勝敗を分けたのは、斬童丸に殺すつもりが無かった事だ。




「えっ、早っ。ぐっ……」




斬童丸は、太刀を抜かず彼女の腹部目掛けて掌底を放った。




(また、九死に一生を得る。か、一先ず彼女をこのままにして置けぬな)




ぐらりと、視界が歪む。


緊張がほどけたか、マズい、それに血を流し過ぎた。




(こんな所で、他に追手がいたら……)




意識が落ちる寸前、遠くで成房殿が見えた様な気がした。





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