第一章 二節

目の前に落ち着いて正座する貞光。親の仇。


腹の底から湧き出る怒りに身を任せ、斬童丸は太刀を大きく振りかぶる。




「敵討ちか、残念だ」




途端、貞光は大きな手の平で二人の間にある畳を叩いた。乾いたバンッと、いう音が響く。


その衝撃で浮いた畳を、貞光は掴んで盾にした。




(しまった……)




畳で、貞光が見えない。怒りで目の前が見えなくなっていた。


『未熟』心で、ふと悔しい気持ちが起こる。相手は、頼光四天王だぞ。少しの油断もあってはならない。ここで、太刀を振り下ろせば敵の思う壺。ならば




互いに畳で見えないのなら、状況は同じ。これを利用する。


斬童丸は、自身の膂力に物を言わせ畳に体当たりする。




「む、がっ!」




「覚悟!」




畳と共に転がる貞光。そこに、追い打ち。太刀を横に振り切る。


しかし、功を焦ったからか。貞光の胸を切ったまでは良かったが、手応えが無い。




落ち着け、焦ってはから回るばかり。




「すー、ふぅー」




目を閉じ深呼吸をして、落ち着きを取り戻す。


再び目を開けると、目の前に酒便が迫っていた。首を捻りそれを躱す。




「神仏の御前で太刀を抜いた俺が言えた事では無いが、神仏への供物を投げ捨てるとは」




とうの貞光は、本殿の奥へと姿を消していた。


逃げられてはたまらない。斬童丸はその後を追う。




本殿を抜け、廊下に出たその時。


天井を支える柱ごと斬童丸の首を刈り取る様に、巨大な大鎌が円を描いた。




咄嗟に持っていた太刀を構えたのが功を奏した。


巨大な大鎌は、天井を支える柱を切り、続けて斬童丸を弾き飛ばす。




本殿から弾かれ、砂利の敷かれた地面に背中を強打する。




「ぐはっ……痛っ……」




肩に痛みを感じ、見てみると深く刃を刺された様な怪我をおっていた。


あの三日月型の大鎌、厄介だな。




獲物を手にした貞光が、大鎌を振り回しながら本殿を降りて来る。


凄い風切り音だ。一振りごとに貞光の周りには、大きな鎌鼬が如き現象が作られる。




「耳にしたことがある。碓氷峠の毒蛇を屠った宝鎌か!」




「ほう、知っているのか。お主も中々の腕と見た。これから先は儂も本気で相手をする」




天から与えられたという宝鎌。相手にとって不足無し。


五年間を修行に費やした全てを出し切る。




「南無、十一面観音」




そう言った後、貞光から殺気が消えた。


すると、斬童丸の目からは貞光が巨大な仏に見えて来る。




(す、すげぇ。天かに聞こえし、頼光四天王ともなるとここまで化けるか)




「オン、ダラダラ、ジリジリ、ドロドロ、イチバチ」




陀羅尼!?




フッと湧いたかのように、大鎌が振り払われる。


鋭い金属音を放ち、互いの鉄は火花を散らす。




(あの耳障りなお経は、無駄な思考を無くす為か。しかし全く初動が読めない、延暦寺の僧兵とは比べ物にならんぞ。だが、距離感は分かった。次は懐に潜り込む)




大江山の狩猟民として、生を受けた斬童丸の視力は並の人間の数倍上。


それに加え、強靭な身体能力を併せ持つ。




「シャレイシャレイ、ハラシャレイ、クソメイ、クソマ」




この時貞光は、斬童丸が大鎌の長さを読んだ事に気が付いた。


それに合わせてくる斬童丸を返り討とうと、静かに持ち手を変える。




ジリジリと、二人の間合いが狭まる。




同じくして、斬童丸は貞光の経に第二の故郷を思っていた。




(ああ。今、悟真殿は何をやっているだろう。寺の住職は……)




斬童丸はすっと背筋を伸ばし、天を仰いだ。




(何を!?)




これに虚を突かれた貞光は、経を忘れ大鎌を横に振った。








碓井貞光は天涯孤独だったという。


名門の家に生まれるも、母は貞光を生んで直ぐに他界。父も貞光が七つの頃に死去。


その為、貞光は幼い頃から山で一人武芸に励んだ。彼の居場所は山だけだった。


源頼光の家臣として生き、国の為にその身を捧げた。


けれど、孤独と言う寂しさはどうしようと拭えなかった。




「ただ……金時は、可愛い弟の様だったな……」




斬童丸の耳元で、貞光は呟く。




神聖な境内に血の波紋が広がる。


力なく斬童丸に寄りかかる貞光が地面に崩れ落ちる。




「骸は何処へ?引き取り手はいるか」




刃に付いた血を振り払い、鞘に納める。


地に横たわる貞光に、膝を付く。




「引き取り手は……いない。骸はこのまま山に……」




「……分かった」




斬童丸は、同じ孤独を背負う貞光に共感するモノが合った。


その後、あっけなく貞光は息を引き取った。




誰にも知られること無く、この世を去る。


それはあまりにも寂しい事だ。




貞光の遺言通り骸を山に埋め、斬童丸は何とも言えない感傷を抱いた。




(仇を一人討ったというのに、少しも心は晴れぬままだ……俺もこの世を去る時は、奴の様になるのか……)




肩に負った怪我が、今になってとても重く感じる。


鳥居を潜る前に、ふと振り返った。


境内には、寂しく映る貞光の血痕と大鎌が残って居る。






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まだ、連続投稿します。

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