剣鬼所行
クマガラス
第一章 剣鬼誕生
時は、平安中期。
朝廷の権力が揺らぎを見せ初め、貴族の中で藤原氏が台頭する。
落ちた権力者は武士となり、地方の有力農民達も武装をし勢力拡大に動いていた。
日の本の転換期、目に見えない不安や恐怖に人々はその存在を見出す。
人間の理解を越えた存在、それを人は、『鬼』と呼ぶ。
正暦元年(990年)
有らぬ疑いだった。
俺達は、ただ静かに暮らしていただけだったのに……
冴え冴えとした満月の夜。賑やかな宴会が開かれていた館で、我が父は山伏の格好をした男に殺された。
995年
近江国。現在の滋賀県にあたるその場所で、天台宗の総本山延暦寺にて斬童丸は日々暮らしていた。
「俺は、此処を出て行くことにしました。今まで育てて頂き忝い」
顔を畳に伏せ、五年間自身を育ててくれた僧侶に礼を言う。
何処か柔らかい感じのするその人は、悟真という法名を持つ。元の名を、藤原義懐。
「よい、分かっていた事だ。京に行ったら成房を頼ったらいい」
「俺を、止めぬのですか?」
悟真は、丸い頭をさすりながら言う。
「お主が我等、藤原家を憎む理由は最もだ。私も父と二人の兄を続けて失った時は、心が張り裂けそうだった事を覚えているよ。あの悲しみの比にならぬ思いをお主は、抱いておるのだろう。それが少しでも軽くなることを祈っているよ」
「重ね重ね忝く思う。悟真殿、貴方は私の二人目の父だと思っております。他の住職にも礼を言っておいて下さい。それでは」
傍らに置いてある太刀を握り、延暦寺を出る。
斬童丸、齢17歳。二度目の家族との別れ、頬に涙を流す。
別れを告げて、山道を降りる斬童丸の背に、悟真は手を合わせた。
この年、事実上藤原道長が摂政となる。それから三代もの間、自分の娘を天皇の后にし、藤原氏の権力を強いものにしていく事になる。
延暦寺を出て半日が過ぎ、琵琶湖が目に見えなくなった頃、斬童丸は平安京に辿り着いた。
「此処が、日の本の中心『平安京』か……っと、先ずは宿を探さなくてはならぬな」
重厚な建物の数々に余り気を囚われない様、草鞋を急がせる。
平安京の大通り。朱雀大路を通り、九条大路を西に曲がった。
京の都では、牛車で移動する貴族と対象に、住む家の無い庶民が多く目立っている。
『餓鬼草紙』にも、当時の道端に捨てられる庶民が描かれている。
貴族の税に苦しめられているのか……
そんな庶民を横目に斬童丸は、今晩の宿に急ぐ。
行先は決まっている。西寺だ。平安京に二つしかない寺の一つ。
「今晩泊めてくれないか、今朝延暦寺から参ったのだ」
「それはそれは、お疲れでしょう。ささ、どうぞ上がってください」
寺の住職に促され、部屋を借りる。
「アンタ、延暦寺から来たと言っていたけれど、派遣されたのかい?」
夕餉を頂いていると、腰に下げた太刀が気になるのか、住職が目を光らせ聞いて来る。
そうだ、丁度良い情報を集めよう。と、箸を置いて斬童丸は話始める。
「まぁ、似たようなものです。若い頃、大江山での一戦に関わっておりまして」
「大江山って、あの源頼光『酒吞童子退治』のか!」
怒りを覚える。知らぬとはいえ、多くの人々を殺した話に興奮するこの阿呆に。
しかし、此処は我慢我慢と深呼吸をしてから笑顔を作り返事を返す。
「ええ、それで頼光四天王の皆さんに恩が合って、皆さんが何処にいるか分かりますかね?」
「頼光四天王と来たか!いやーアンタ若いのに凄いね、顔も美形だし、もしかしてお偉いさんの子かい?」
『質問に答えろ』と少し、顔を険しくしてみる。
「ハハハ。分かってるって、三年前に頼光様が備前守に任官してから、四天王の皆さん今も都に留まっているよ」
「ほう、それで」
「主君道長様の寝殿にでも招かれてるんじゃないか?ああ、そうそう、貞光様は吉田山に居ると聞いたな。なんでも山奥で武芸に励んでいるとか」
「吉田山に……承知した」
その夜、あの日の夢を見た。
あの満月の夜の事を、我が父が鬼として源頼光達に無念にも討たれた事を。
その仇がやっと討てる。
旅の疲れを充分落として、昼を過ぎた頃、吉田山に足を運んだ。
山と言うより丘。地域の人々からは「神楽岡」の名で親しまれるその場所は、一帯が吉田神社の境内になっている。
心の臓が激しく鼓動するのが分かる。
鳥居の先に、社が見えた。
腰の太刀に手を添えて、進む。
「神主はいるか!?」
本殿を覗くと、そこには神に祈りを捧げる一人の男の姿が合った。
碓井貞光!!!間違いない頼光四天王が一人にして、我が父、大江山の民の仇。
今ここで殺すか、祈りを捧げる後ろ姿は隙だらけだ。
だが、俺はそんな事はしない。俺は奴等とは違う。
本殿に上がり、奴の祈りが終わるまで待つことにする。
最期の祈りだ。よく祈れ。
少し経って、貞光は祈るのを止めて此方に振り返った。
「どうか許したまえ、いつもの習慣なんだ」
後ろ姿だけでも、感じていたそれは対面してから更に強くなった。
やはり頼光四天王、ただ者ではない。
数々の戦場を乗り越えたその体は、見ただけでもその強さを感じられる。
丸太の様に太い腕、分厚い胸板、そして獣の様な眼力。気圧されそうだ。
「いえ、此方が一方的な用です。待つのは当然」
「ほう、して用とは?」
「大江山での一戦を覚えていますか?」
「ああ、しっかりと覚えているよ」
斬童丸の問いに貞光は、即答した。
そうか、覚えているか。
斬童丸は、続ける。
「私は、あの現場にいたんだ」
「そうかまだ若いだろうに、辛いものを見せてしまったな」
同情するように、貞光は言う。
太い眉をハの字にして、申し訳なさそうに。
ふざけるな、俺はそんな顔をして貰う為に来たわけじゃない。
「俺は分からない。何故、彼等は何も悪くないのに殺されたのか」
「それは、この国を治める為だよ」
綺麗事だ。
「何も悪く無くても、国の為なら殺すのか?」
「仕方の無い事なんだ」
仕方の無い事で、片づけるのか……
「俺は、その『大江山の鬼、酒吞童子』の子なんだよ」
「……」
分かっていたかの様な表情を浮かべる貞光。
「この国を治めると為と申したな。朝廷の力が弱まり揺れる世の中、アンタ達武の象徴を殺しても何も変わらない」
斬童丸は、腰の太刀をゆっくりと抜く。
今日この日、復讐の為に注いだ五年間を刃に乗せる。
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新連載です。本日連続投稿しているので、良かったらどうぞ
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