第11話 聖女の一つの伝説

 1


「うわぁぁぁぁぁん」

 魔獣達は殲滅されたが、ジュエルは状況が理解出来ずに泣き止まない。


 ポウッ


 ジュエルの感情失禁によって魔力が溢れだした。


 それは、奇跡だったのだろう。

 誰もが疑うような決して忘れることが出来ない綺麗過ぎる景色であった。


 バチバチバチバチバチバチ


《心音》によって感覚を共有し、元々ジュエルの治療によりジュエルの魔力に染まっていたフェリーチェの身体に共鳴反応が起きた。


 ミクスメーレン共和国全体にジュエルの魔力を媒介とした、常識では考えられない癒しの光が注がれる。


 まるで《回復》が星座のように、空で青く光輝いたと思えば、稲妻のように弾けて雨のように降り注いだ。


「これは、なんだ、傷が治っていく」


「隊長、息を吹き替えしました」


「馬鹿な信じられん。迷宮品の下級回復薬でも治らなかったんだぞ」


 ジュエルの感情失禁によって少なくない命が救われた。


「皆のもの見よ!」

 従女が間一髪入れずにぶっこんだ。


「ここにおわす御方こそグルドニア王国の聖女、ジュエル・ダイヤモンド様である。我々は女神様の神託によりこの地の災いを聞きやって来た。いまここに、聖女様の神なる技により災いはなくなった! 」


「うわぁぁぁぁぁん」

 ジュエルは未だに泣いている。


 従女は、内心やはり芝居が過ぎたかと舌打ちをした。


「「「オオオオ!」」」


「「「聖女様、バンザーイ、バンザーイ、バンザーイ、バンザーイ」」」


「聖女様が我々のために泣いてくださっている」


「聖女様が他国の我々を憂いてくださっている」


「「「オオオオ! 聖女様ー! 」」」


「うわぁぁぁぁぁん」

 ジュエルは良く分からない状態でパニックを起こしてまだ泣き止まない。


 斯くして、ジュエルがただ泣いている間に新たな『聖女伝説』生まれた。



 2


 ミクスメーレン共和国 魔獣大進行から一週間後


 優しく温かい癒しの光が傷ついた人々を癒す。

「あああ、痛みが引いていきました。ありがとうございます! 聖女様ー! 」


「全てはフラワー・ウェンリーゼ様のお導きです」


「オオオオ! ありがたや、ありがたや、聖女様、癒しの女神フラワー・ウェンリーゼ様」


 老婆は何度も頭を下げながら聖女とフラワーに感謝していた。


「では、次の方どうぞ」


 今日も今日とて、ジュエルの野営診療所には病人や怪我人が絶えない。


「あなたは、脈が不規則ですね。顔色も悪いし、浮腫もある、手は冷たい、しっかりと寝れていますか? 」


「はぁ、眠るとまた魔獣達が襲ってくる夢を見てしまうんです」

 ミクスメーレン共和国の魔獣大進行は後に厄災として語り継がれる悲劇であり、国は維持出来ているが少なくない死傷者が出た。


「不安を取り除く香と、薬を出しましょう。あと、炊き出しにも遠慮せずに寄っていって下さいね」


「ありがとうございます……しかし、その、先の厄災で家を失ってしまい、お支払い出来るものが」


「そんなことは、お気になさらず、既に対価は貰っておりますから」


「ですが、一体何が」


「この国が元通りになること、そのためにはまず国民の皆様が元気ならなくてはなりませんわ。一日も早いご回復をお祈り申し上げます」


「聖女様ー」


「全てはフラワー・ウェンリーゼ様のお導きです」

 ジュエルは一刻も早く錬金術に、裁縫のスキルを学ぶためには復興が不可欠だ。

 フラワーお姉さまの卒業までにドレスを間に合わせるには、ミクスメーレン共和国が元気になることが第一優先順位である。


 ジュエルは持っている全ての財を復興資金に当てた。

 さらには、冒険者を雇い魔獣の駆除に、薬草の採取依頼を出した。

 薬はいくつあっても足りなかったからだ。

 ミクスメーレン共和国は山々に囲まれた土地であり、資源には事欠かない。


 さらにジュエルは、フェリーチェの羽に《回復》を流して、現地の錬金術師や魔導技師と協力して『青い飾り羽』というブローチを作った。


 このブローチは予め《回復》をかけておくと身に付けたものが傷を負った際に自動で《回復》が発現される仕組みである。


 ジュエルはこれをドレスの生地と予備だけ残して手持ちのフェリーチェの羽を全て素材として出した。


 国際オークションでは、この『青い飾り羽』に一つの白金貨およそ百枚の価値がついた。

 さらには、オークションを数回にわけたために後のほうが初回より数倍の値がついたのだ。


 いくら国際オークションといえど、神獣の羽等出回るものではない。


 魔力持ちが大半の貴族達は、羽が溢れる高貴なる神獣の魔力に神々しさを感じた。


 欲しい


 目の前にそのような品があったら、何においても手に入れたがるものだ。


 ジュエルは最早、国すら動かせる金持ちになった。

 ジュエルはそのお金でミクスメーレン共和国の国債を買った。


 他国の商人や貴族、王族からしたらこのような状況の国債等正直なんの効力もない紙切れと変わらない代物に何故、グルドニアの聖女が全財産に等しい額を買ったか分からなかった。


 ジュエルはただ、早くドレスを作りたいがために国債を買えばミクスメーレン共和国の偉い人達が色々と便宜を図ってくれると思ったからだ。また、国債の金は復興支援金として国民に配られ、近隣諸国からは物資を買い漁った。


 正直、近隣諸国にはこのままミクスメーレン共和国を、侵略しようとする輩もいた。

 だが、千からなる魔獣大進行を食い止めた。聖女と神獣の活躍は、今や世界中で噂になった。

 女神から神託をうけ、神獣を従えし聖女にケンカを売るような罰当たりな国はなかった。


 ミクスメーレン共和国にこのような唄がある。


 その聖女、青き鳥を従えてこの地を災いより救い、女神の奇跡を発現し大地と人々を癒した。


 ミクスメーレン共和国には宗教はなかったが、青き鳥の聖女とフラワー・ウェンリーゼという闘いの女神信仰が根付いた。


 後から《転移》でやって来た魔女は、ひどく頭を痛めた。

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