第10話 聖女の神託
1
「その首から下げてる笛は飾りかい」
魔女がジュエルにさっさと怪鳥を呼び出してみろといった。
グルドニア王国からミクスメーレン共和国までは千キロ近い道のりである。しかし、この時代の旅は魔獣に盗賊、異常気象、なにより物資の補給が不可欠である。
また、国交がなかったために途中からは道という道はなく近隣諸国を遠回りしながらの旅になってしまうために年単位での時間が必要となる。
だが、ジュエルには魔法の笛があった。
ピィー
ジュエルが笛を吹いた。
「あとは、茶でも飲んでゆっくりしてようかね」
それから従女がお茶の準備を始めた。
「クルル」
それからしばらくして、フェリーチェが嬉しそうにお茶会にやって来た。
「クルル」
「来てくれてありがとう」
「クルルゥゥ」
フェリーチェがジュエルに頭を撫でてくれとでもいうように甘えた声を出す。
「私も長いこと生きてきたけど、あんた、ホントに怪鳥を手懐けたんだね。これ国が傾く偉業だよ」
魔女が関心した。
同時にジュエルに恐怖した。
実際のところ、魔女もフェリーチェの回復手段は幾つか素案としてはあった。
しかし、全てが治療者にもリスクが高い方法だったため、保存療法で長い時間をかけて経過を見守っていたのだ。
それをまさか、十二歳の少女が実際に理論等をすっ飛ばしてフェリーチェを完治させてしまった。
医療技術や知識は別にして今やこと、純粋な《回復》においては恐らく魔女をも上回るであろう。
「ジュエル様! 何卒! 何卒! しばし、ミクスメーレン共和国に行くのはお待ちを! 」
従女が急に騒ぎ出す。
皆が一体どうしたのかと従女を見る。
「これならば! これならば! 試験に間に合います! 留年せずに済みます! 」
どうやら一番の目的地は王都に逆戻りのようだ。
2
ミクスメーレン共和国 魔獣大進行 上空
「うわぁぁぁぁぁん、ドレスが! ドレスが! 」
ジュエルはミクスメーレン共和国から火の手が上がり、魔獣に進行され防衛拠点が突破されそうになっている場面を見て泣いた。
ジュエル達は魔女を除いて、まずグルドニア王都の学園に行った。
実は試験の日が今日だったのだ。
グルドニア王国は実力主義が基本ゆえに、ある意味では試験の結果が全てである。
もちろんそれは建前で、皆は普通に授業も受けているが、ジュエルはそのままに試験だけを受けて基本は推し活を優先していた。
魔女のもとで、スパルタに近い英才教育を受けたジュエルにとって二学年の試験など赤子の手を捻るようなものだった。
ただ、別の問題として幻の怪鳥フェリーチェを従えて空からやって来たジュエルの伝説が一つ増えたことは、別のお話で……
歴代最速で全ての試験を終えたジュエルは、フェリーチェに乗り込みそのままミクスメーレン共和国へ向かった。
学園から飛び立つときには、大勢の生徒や教員が野次馬のように見送り、父であるダイヤモンド公爵と、宰相と文官や騎士団がなにやら叫んでいたが、至極どうでも良かったので無視した。
フェリーチェが飛び立った瞬間にフラワーが手を振った気がした。
ジュエルは心を強く持てた。
(待っていて下さいませ! フラワーお姉さま)
(女神様すら、びっくりするような最高のドレスをプレゼント致しますわ)
ジュエルは誓いを胸にミクスメーレン共和国へ向かったらまさかの国が滅ぶ寸前である。
それは、泣きたくもなるだろう。
「ワォーン! 」
ホクトが慌てて《干渉》を発現した。
兎に角、まずは魔獣の群れを足止めしなくてはならない。
ジュエルが泣いている姿はひどくホクトの心を痛めた。
「「「ギィィィィィ」」」
するとどうしたのか先ほどまで暴走状態だった魔獣達が動きを止めた。
「ウォン、ウォン」
ホクトが尻尾を振ってもう大丈夫だよと、ジュエルの頬を舐める。
「うわぁぁぁぁぁん」
しかし、ジュエルは泣き止まない。
「ホウ、ホウ、ホウ、ホウ」
続けて怪鳥から梟のような鳥が上空を旋回する。その梟が通った上空に魔方陣が描かれた。
「ホウ、ホウ、ホウ」
上空からは魔獣に向かって数百に及ぶ氷柱が放たれた。
まるで氷柱の雨だ。
「ギィィィ」「ギャン」「ブビィ」
その氷柱はクタムを避けて、正確に魔獣達だけに降り注いだ。
「ホウ、ホウ、ホウ、ホウ、ホウ、ホウ」
梟(不苦労)もジュエルにもう大丈夫だよというが……
「うわぁぁぁぁぁん」
未だにジュエルは泣き止まない。
「皆様! 魔獣の足が止まりました! 急いで後退を! 」
従女がすかさず我々は味方ですとアピールする。
「天よりの助け感謝する! 皆、撤退だ」
フォートは上空に赤い信号弾を放ち撤退の合図を出した。
「クルルルルルゥゥゥ! 」
バチバチバチバチバチバチ
フェリーチェから否応なしに魔力が集束されるのが分かる。
フェリーチェは魔獣達に怒っていた。
フェリーチェはこの数百年孤独であった。賢き竜ライドレーから傷を負い、空を飛ぶ自由を奪われた。
そんな時に、再びフェリーチェに希望を与えてくれたのがジュエルだ。
ジュエルは自身の体調など構いもせずに
生まれながらに特殊個体であったフェリーチェは、強者であり群れに馴染めずに愛を知らずに孤独に育った。
神獣たるプライドが他者との交わりを拒絶した。
それが、ライドレーに敗れ傷ついた羽を休めることしか出来なかった。知己であった魔女の気まぐれで生かされていただけだった。
ジュエルは、愛を知らないフェリーチェに見返りのないものをくれた。
フェリーチェはそれが愛だと知った。
実際にはジュエルは抜け落ちた羽が目当てであったが、そんなことはフェリーチェにとっては些細なことだ。
母なのだ。
もはや、この聖女は、十二歳の少女はフェリーチェにとって母以上の存在なのだ。
愛のベクトルは違うかもしれないが、ジュエルがフラワーに対する推し活のように、ジュエルはフェリーチェにとって自身の命以上に尊い存在だ。
いまや、フェリーチェの加護を受けたジュエルの心は《心音》によって大雑把ではあるがフェリーチェに伝わっている。
「クルルルルルゥゥゥ!」
怪鳥フェリーチェはかつてないほどに怒りがこみ上げた。
青い怪鳥から魔獣に向かって無慈悲な雷が放たれた。
バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチ
辺り一面の視界が雷によって遮られる。
魔獣達は神獣にも厄災にもなり得る存在によってこの世から消えた。
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