第9話 聖女の涙

 1

 ミクスメーレン共和国 魔獣大行進


「くそっ! ここも持たんぞ」

 ミクスメーレン共和国騎士団団長のフォートは操作型の魔導ゴーレムに乗りながら指揮をしていた。


 ミクスメーレン共和国はグルドニア王国から遥か南の地に位置する。

 国の歴史としてはグルドニア王国が建国する前よりある国である。王族による統治ではなく、元老院という国民の選挙により選ばれた民主国家である。

 また、グルドニア王国からは距離が離れすぎているために、世界会議でお互いの国は知っているが行ったことがない。お互いにそういった認識であり、貿易や国交もしていない。


 ミクスメーレン共和国は特殊な地形にあり、『削られ山』と言われる。山の谷にある国で四方を山に囲まれているために非常に見付けづらい。ある意味では隠れ里が大きくなったような国だ。元はもっと小さな国であったが、山々に囲まれているために資源には困らない環境であった。何より、その里には二人の天才がいたのだ。


 魔導技師であり、乗り込み式操作型ゴーレムを作った天才と、錬金術師でありゴーレムの各パーツの材料を作った天才である。


 この二人の発明は国の文明を飛躍的に加速させた。その噂は近隣の村や里に広がり、自然と彼の地に集まるようになった。

 土地柄、助け合いの精神で生きてきた人々は基本的には移住者を快く受け入れた。

 山々に囲まれた環境だけあって、自然の恵みは十分に彼らを飢えさせることはなかったからだ。


 寄り添いあって生まれたモノづくりの国、それがミクスメーレン共和国である。


 2

 ボンッ


 ゴーレムが稼働時間を過ぎて排熱が間に合わずにオーバーヒートした。


「くそっ! まだ、まだ、まだやれる。左腕部をパージして、冷却機構を最大限まで稼働するんだ。最悪、魔獣に突っ込んで爆発しても構わん! 」


『ビィー、了解しました』


 騎士団団長フォートがゴーレムの人工知能に指令を出す。


 乗り込み式操作型ゴーレム『クタム』


 体長四メートルのこのゴーレムは八本の腕と四本の足を持つ乗り込み式操作型の機械人形である。元は採掘や、インフラ整備に使用している重機の役割を果たしていた。八本の腕はアタッチメント毎取り外し可能であり、作業ばかりではなく、戦闘や災害の救助等どのような状況にも対応できる汎用性に優れた仕様になっている。


 ただ、このゴーレムを操作するには莫大な魔力と情報処理技術が必要であり、乗り手は国家資格を持った適正ある一部のものだけである。

 さらには最大限稼働時間はどんなに頑張っても、三時間が限界でそれ以上の稼働は機体が熱に耐えられずにオーバーヒートしてしまう。


 非常にコストの悪い機体だが、二時間の稼働で整備をしっかりすればコスト以上の仕事が可能であり、戦闘力は騎士を基準として十人~二十人くらいの戦力といわれている。


 現在、ミクスメーレン共和国は迷宮から涌き出た数百の魔獣による魔獣大進行を受けていた。

 このミクスメーレン共和国は、古代遺跡からの発掘も成功しており、様々な技術や知識、富を得ていた。

 きっかけはほんの些細なことで、記録にない新迷宮を発見したのだ。

 それには国も歓喜した。

 迷宮とは解明されていない謎が多い場所ではあるが、正しく管理すれば多大な理を得ることができる。


 だが、発見されたライン迷宮はどうやら古代人が封印した迷宮だったのだ。長く魔力が停滞した迷宮を刺激したら、どうなるかは明白だった。


 ミクスメーレン共和国は、大規模な《演算》を行い乗り込み式操作型ゴーレム『クタム』も百体と持てる国力を準備して迷宮に挑んだ。

 ある議員からは過剰戦力だといわれたが、備えに備えたのだ。

 だが、結果として迷宮からは魔獣大進行が発生し、クタムによる防衛戦を強いられている。

 既に国の西部は突破されて首都まで後退を余儀なくされていた。

 ミクスメーレン共和国は国を名乗っているが総人口は十万程度の国である。

 ましてや職人の国のため戦闘職はほとんどいない。

 唯一、軍と呼べる『クタム』達と乗り手に国の命運が握られていたのだ。


 ビィー、ビィー、ビィー


 だが、悲しいことにクタムの稼働時間が限界を越えようとしていた。


 3


「うわぁぁぁぁぁん、ドレスが、ドレスがぁぁぁぁ」


 それは少女の泣き声だったのだろう。


 その泣き声は天よりミクスメーレン共和国に響いた。


 その泣き声と共に上空からクタムよりも一回り大きな青い怪鳥が飛んでいた。


「ワォーン! 」

 犬の遠吠えが聴こえた。


「「「ギィィィィィ」」」

 するとどうしたのか先ほどまで暴走状態だった魔獣達が動きを止めた。


「ホウ、ホウ、ホウ、ホウ」

 続けて怪鳥から梟のような鳥が上空を旋回する。その梟が通った上空に魔方陣が描かれた。

「ホウ、ホウ、ホウ」

 上空からは魔獣に向かって数百に及ぶ氷柱が放たれた。

 まるで氷柱の雨だ。


「ギィィィ」「ギャン」「ブビィ」

 その氷柱はクタムを避けて、正確に魔獣達だけに降り注いだ。


「うわぁぁぁぁぁん」

 未だに上空からの少女の泣き声は止まない。


「皆様! 魔獣の足が止まりました! 急いで後退を! 」

 上空より女性の声が聴こえた。


「天よりの助け感謝する! 皆、撤退だ」

 フォートは上空に赤い信号弾を放ち撤退の合図を出した。


「クルルルルルゥゥゥ! 」


 バチバチバチバチバチバチ


 青い怪鳥から否応なしに魔力が集束されるのが分かる。


「クルルルルルゥゥゥ!」


 青い怪鳥から魔獣に向かって無慈悲な雷が放たれた。

 バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチ


 辺り一面の視界が雷によって遮られる。




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