第8話 聖女の縁

 1

「あんた、残念だけど並みの錬金術師や仕立て屋じゃあ、この素材生地にできないよ」

 魔女の言葉はジュエルを地獄に突き落とした。


 魔女がいうには、ジュエルの魔力を帯びた羽は一流の錬金術師や仕立て屋ですら生地にすることが出来ない。


 理由として、ジュエルの魔力を帯びているためジュエルには無害であるが他者には魔力による影響が過剰すぎるようだ。


「対象を指定することはできるだろうけど、それはあんたの憧れの人にするんだろう」


 木人がいうにはとりあえず専用装備として仕立てることは可能である。専用装備の場合は対象者の髪や血などを媒介にするため、対象者かそれに近しき者しか装備が出来ない。


 ジュエルは、元々、フラワーのためにドレスを作っているのでそこは問題ない。


 問題なのは、羽の帯電効果を失くさずにドレスの素材として生地を織ることができるのが、ジュエルしかいないのだ。


 貴族であるジュエルは、淑女としての振る舞いやダンス等は国内序列一位のダイヤモンド公爵令嬢だけあって一流だ。

 だが、服を作るなど一回もやったことがない。

 ましてや、素材を生地から、即ち糸から作らなくてはならないのだ。


 これにはジュエルも肩を落とした。


 実は最後の素材である銀級依頼だった『カラレイの糸』は先ほど納品されたと報せがきたのだ。


 カラレイは迷宮にいる半透明の魔獣で、出現頻度が恐ろしく低く、完全に透明になることが可能である。そのためにカラレイの素材を装備すると透明の効果が任意で発現可能になるのだ。


 ジュエルはお美しすぎるフラワーお姉さまを、つけ狙う悪い輩がいた際に、フラワーお姉さまを逃がすために必要な効果であるとこの素材を選んだ。


 この依頼を受けたのが実はフラワーのパーティーである『銀狼』であった。

『銀狼』は学生のパーティーで、前衛であるデニッシュとキーリの剣士に後衛の回復術士フラワーの三人パーティーである。


 これを知ったときジュエルは阿鼻叫喚した。

 こんなことなら、フェリーチェの件は後回しにして自身も依頼主として同行を条件にすれば良かったのだ。

 ジュエルはフラワーお姉さまと御近づきになれるチャンスを逃した。


 しかし、素材は全て揃ったのであとは王都の仕立て屋に頼むだけだったのだ。


 ゴールが見えたと思ったら遠ざかった。


 2


「ジュエルお嬢様、今こそ腕の見せ所ですわ! 」


 肩を落としたジュエルに従女がいった。

 従女は始めは正直、ドレス作りなど止めて欲しかった。

 ジュエルはダイヤモンド公爵令嬢である。

 普通の公爵令嬢であれば、今頃は学園で淑女達とお茶会や乗馬、お花やクラブ活動に勤しみ、学園生活でしか味わえない身分すら越えた友情を、生涯の友を得て、将来的には『聖女』として順風満帆なキャリアを積んでいるはずだった。


 今のジュエルの学園生活は、ある意味でアウトローである。


 しかし、従女はずっと側でジュエルの努力を見てきた。


 入学前は、《回復》が発現できずに一部からは残念な聖女などと陰口も言われていた。

 白き家紋であるダイアモンド公爵令嬢、グルドニア王国の聖女として、十歳にも満たないジュエルのプレッシャーは相当なものだった。

 何もできなかった従女は心苦しかった。


 それが、入学前のパーティーでフラワーにあってからのジュエルはまるで人が変わったかのようだった。

 そこには今までになかったジュエルがいた。


 好きなもののためなら、度を過ぎた探求に、自己犠牲、いつ身体が壊れるか心配だった。

 従女はジュエルのギリギリの体調管理という仕事が増えた。


 不謹慎なことだが、従女は嬉しかった。

 ジュエルの役に立てることが、何よりイキイキしているジュエルを見ることが……やつれて顔色は悪かったが、フラワーのために推し活に励むジュエルは本当に幸せそうだった。


 そこから歯車は回り始めたのだ。

 ジュエルの推し活が、冒険者達を、魔女を、学園を、グルドニアの王子を、ダイヤモンド公爵家を、敵国の獣王を、騎士団を、幻の神獣を、気付けばその縁は壮大なものとなった。


 僅か十二歳の少女が決して交わることのなかった世界を動かしているのだ。


 フラワーへの推し活がいつか夢見たジュエルを聖女にしたのだ。


 意図せずに今やジュエルは、正真正銘の聖女である。


 ジュエルは私利私欲のためにただ頑張っただけかもしれない。しかし、その副産物で皆を救い、癒していったことは本当である。


 従女はそんなジュエルが誇らしかった。


 ジュエルはジュエルのなかの高貴なるものの務めを果たしてきたのだ。

 ジュエルは笑っていなくてはならないのだ。


 そんな悲しい顔をしてはいけない。


 今や、理由は分からないが最高のドレスを作り、フラワーにそのドレスを課金することはもはや、ジュエルだけの夢ではない。

 詳細は分からないが、ジュエルの夢はいまや縁を紡いできた皆の夢でもあるのだ。


「ジュエルお嬢様、想像下さい。フラワー様のドレスを自分で一から御作りになることができるのです! なんと尊いことでしょう」


「私が……作る、尊い、フラワーお姉さまが……喜ぶ」


 ジュエルの目に光が戻っていった。


「ふぅ、負けたよ……行ってみるかい。幻のモノづくりの国、ミクスメーレン共和国へ」


「ウォン、ウォン」

「ホウ、ホウ」


 いつの時代も、魔女は頼りになる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る