第7話 聖女の遊猟

 1

「ウォン、ウォン」

「ホウホウ」


「二人とも大丈夫だよ。もうすぐで着くんだね」


 現在、ジュエルはホクトと梟の案内で『フェリーチェ』の療養場に向かっている。

『青き怪鳥フェリーチェ』は体長五メートルはある雷属性の鳥である。数百年前に同じく雷を操る竜『賢き竜ライドレー』との縄張り争いに敗れ、片方の翼を失い森の深い場所で長きに渡り傷を癒しているのだ。


 魔女は定期的にフェリーチェの診察に訪れており、今回はジュエルが木人の代わりに診察にいった。いや、押し掛けた。


「クルルルルルゥゥ」

 フェリーチェが始めてくるジュエルと従女に警戒する。


「ウォン、ウォン」

「ホウ、ホウ」

 二匹がフェリーチェにことの詳細を説明する。


「わぁぁ! 綺麗……」

 ジュエルがフェリーチェの美しさに見惚れる。正確にはフェリーチェの素材である青い羽に見惚れる。


「はぁぁぁぁ、素敵な羽ですねぇぇぇ」

 ジュエルがだらしなく笑った。


「クルル! 」

 フェリーチェはまるで、大きな可愛らしい猫のようなジュエルから、賢き竜ライドレーと同等の圧を感じた。



 2


 フェリーチェは片方の翼をライドレーに食い破られて、命からがらこの地に辿り着いた。

 フェリーチェの治療を阻害している因子は、自身が纏っている雷属性由来の特性にある。

 雷属性の魔術や魔法は、生物全般で非常に適正あるものが少ない。

 雷属性は電磁波の影響で、自身に対する魔術や魔法を自動で防御してしまう。それは、一見便利な効果に思えるが、相手から発現する《治癒》や《回復》、《癒し》でさえも防御してしまうのである。

 故にいくら西の魔女といえど、治療には回復薬や、古来の医療技術を駆使して診療にあたっている。

 正直なところ、フェリーチェの傷は命には別状はない。

 もとは重症であったが、体力もある程度回復して今に至るのだ。


 また、現存の回復薬では神獣に近き鳥といわれるフェリーチェには焼け石に水であり、最低でも大迷宮由来の上級回復薬、完全に治すには幻の神の薬といわれた『神誓薬』が必要である。



 3


「《回復》」

 ジュエルはまず自身の《回復》をフェリーチェに発現した。


 バチン


 案の定、《回復》は羽に帯電した雷によって弾かれてしまう。


「はぁぁぁぁ、素敵! 」

 ジュエルは歓喜した。これならばどんな魔法攻撃でもフラワーお姉さまを御守りすることができると……


 ジュエルはまずは正攻法で診療と治療をした。


 フェリーチェの身体を暖かいお湯で丁寧に洗った。それから、消毒を行い塗り薬を塗って、清潔な布を巻いた。


「オババ様から言われた治療は致しましたわ」


「クルル」

 フェリーチェはジュエルに礼をいう。


「気高い怪鳥フェリーチェ様、続きましては私の独自の視点からの治療を致します。おとなしくしていてくださいね」

 ジュエルがフェリーチェにウインクした。


「ウォン、ウォン」

「ホウ、ホウ」

 二匹が狩人の目をしたジュエルの応援をする。


「クルル! クルル! クルル!」

 フェリーチェは二匹に不安げな声をあげた。


 4


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」


 フラワーは《回復》をひたすら発現した。


 バチン!


 もう何度になるから分からない《回復》は帯電によってレジストされる。


「また、ダメかぁ」

 ジュエルは魔力欠乏症になりそうなギリギリのラインで『魔力回復飴』を口に入れる。

 徐々にジュエルの魔力が戻り始める。自作の回復飴で自身の魔力を練り込んであるので、製作者であるジュエルには効きも良く、無理な服用も副作用が少ない。


「あっ! 出る」

 ジュエルは何度目になるか分からない嘔吐をする。従女は慣れた手付きで桶を出す。

 いくら副作用が少ないとはいえ負担はある。


 現在、ジュエルは点滴をしながら、魔力回復飴を舐めて限界を感じたら気絶するといった生活をしていた。

 既に一週間が経過した。


 ジュエルは《回復》を様々なやり方で検証した。

 魔力の大小や、距離、両手で魔力を通したり、指一本で収束したり、角度を変える、《回復》を発現しながら別の魔術を発現したり、撫でながら《回復》をかけた。また、《回復》を薄くしてフェリーチェ全体を包み込むようなこともした。


 全てにおいて、従女が記録した。


 また、《異空間》から属性魔石を取り出して魔石由来の魔力も《回復》に流した。それは、見るものが見れば金を川に垂れ流しているのと同じような行為だった。


 ジュエルは1日に四回は気絶した。


 治療を受けている側のフェリーチェも自分の為に尽くしてくれているとは分かっていたが、ジュエルが少し怖かった。


 5

 フェリーチェの治療を開始して二週間が過ぎた。

 ジュエルは《回復》の発現をし過ぎてもはや無詠唱で発現できるし、《回復》を攻撃魔術のように放つこともできるようになった。


 何より、術の発現速度がおかしい。


《回復》は本来祈りを込めて発現するため、無詠唱でも三~五秒以上は時間がかかる。あの魔女ですら《回復》と口に出すのだ。


 ジュエルは既に刹那の間に息を吸うかのように《回復》の発現が可能になった。


 勿論、応急処置に限ってではあるが戦闘職からしたら後衛にそのような術者がいることの価値は計り知れない。


 進展が一つあった。

 まずは、ジュエルの魔力総量が倍以上になったことにより、魔力回復飴の服用が減った。


 また、僅かではあるがフェリーチェを纒う帯電をすり抜けて《回復》が効果を及ぼした。


 後から診察記録を見た魔女が、フェリーチェの身体に長い時間ジュエルの魔力が触れたことによって、フェリーチェの帯電が変質を起こしたと推察した。


 どうやら、フェリーチェがジュエルの魔力を自身に近いものと勘違いするようになったことによる『環境要因』とのことだ。


 ただそれが影響を及ぼすには夏の暑さや、冬の寒さのように、当たり前の事象と認識しなければならず、普通なら個人で魔力をそこまで垂れ流しできる精神の持ち主はいないとのことだった。


 更に二週間が過ぎた。


「クルルルルルゥゥ」


 ジュエルの看病のおかげでフェリーチェは全快した。


 フェリーチェが両の翼を広げる。

 その風格たるや、まさしく『青き怪鳥』の名に相応しい。


「ウォン! ウォン! 」

「ホウ、ホウ」

 二匹もフェリーチェを祝福する。


「クルルゥゥ」

「良かったね」


 フェリーチェがジュエルにすり寄り頭を撫でて貰う。

 この時、ジュエルは分からなかったがあとで《鑑定》をかけた結果、ジュエルはフェリーチェの加護を授かった。さらには、いつの間にか首には鳥笛がかけておりフェリーチェがジュエルの使い魔に近しき存在となった。


「クルルルルルゥゥ」


 青い怪鳥フェリーチェは飛び立っていった。


 巣には大量の青い羽を残して……



 ジュエルが皆に……


「これ、私が貰ってもいいよね」


 ニコリ


 やつれた聖女が嬉しそうに笑った。




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